死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
しとしとと冷たい雨が降る中、水没の儀は粛々と進められていく。
不本意ながら本日の主役である私は、白装束を着せられ和船に乗せられている。手足は重い鎖で縛られて、鎖の先端にはご丁寧に重石まで付けられた。頬にべったり張り付く髪をかき上げる自由さえない。もしかしてこれ、絶体絶命ってやつ?
岸辺には、白装束に身を包んだ鎮魂衆たちがずらりと居並んでいた。笛の甲高い音と、胸を圧迫するような太鼓の重低音が、冷たい水面を震わせて響き渡る。
鎮魂衆の背後には、儀式を見守る観衆の姿。その中に、お父様やお母様の姿もあるけれど、その表情は雨に遮られ伺い知れない。
(……最後に、トキさんとツルさんに挨拶したかったな)
「悪魔の巫女め!」
「穢れた巫女は神社の面汚し、制裁を受けろ!」
観衆からヤジが飛ぶ。
奏楽の音の中、木造船は岸を離れ、冷たい水上を滑る。船を漕ぐのは、黒い笠を深くかぶった斎人の男性。斎人っていうのは、神事において「穢れを祓い、清める役目」を担う役割の人——っていうのは建前で、つまりは処刑人ってやつ。私も、話に聞いたことはあったけど、この目で見るのは初めてだ。
(人生一周目と二周目、両方早逝バッドエンドなんてこと、ある?)
我ながら、笑えてくる。
前世の最期は、事故で痛みを感じる暇もなく死ねたけど、今度はそうもいかないだろうな。死因・溺死。享年十六歳。うわ悲惨。ていうか、自慢じゃないけど私泳げないのよ。こんな重石なんてなくったって勝手に沈むんだから、外して欲しい、この鎖。
神様は、いない。
願い虚しく、船はどんどん進んでいく。
(……悪意に優しさを返したら、帰ってきたのはもっと酷い悪意でしたとさ)
「おばあちゃんの、嘘つき……」
思えば、私のやってきたことは、ただの『いい子ぶった偽善』だったんだ。ハルニレを助けたのも、あの放火犯の男性を助けたのも……全部、自分の満足のためだけの偽善だったんだ……。
斎人は一切の感情を殺した目で私を見下ろすと、無言のまま重石のついた縄を固く握り直した。
「……刻だ」
冷ややかな一言とともに、私は深い池の底へと押し出される——。
水中から見上げれば、雨空だって明るいんだな。光はどんどん遠ざかり、闇の底に落ちていく心地がした。死の恐怖なのか水の冷たさなのか、凍えるように寒い……。
視界が泡とともに溶けていき、意識が遠のく中、最後に浮かんだのは——遠い日に砂地に描かれた『なずな』という不器用な文字と、ハルニレの青い瞳。
(ハルニレ……ごめん。約束、守れなかった……)
昏い水底へ飲まれていく中で、私の意識は完全に途切れた。