死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
 山はすっかり冬の装いだ。葉っぱを落とし切った木々が北風に揺さぶられ、上空では鳶が旋回する。

 肌を刺す寒さを誤魔化すように両足を動かして、山林の道を進んでいく。しばらく進むと、行く手に立て看板が見えてきた。
 
『この先 神巫(かんなぎ)村』

(あ……)

 神巫村——大神(おおかみ)山を背に構え、港町に通じる小さな村。村の神社の巫女が代々神の力を持つことから、神巫の名が付いたという……。
 この先に、私の実家——神巫神社があるんだ。

(そこに行けば、家族が居る……? 曖昧になった記憶も取り戻せるのかな……?)
 
 目を縫い付けられでもされたように、私はしばし、そこに立ち竦んだ。山林に日没が近づいてきていることも忘れて……。

 日没とともに良からぬ者が湧くのが世の摂理。ふいに、背後から足音と嘲笑うような複数の声がした。
 
「いけねえなあ。妙齢の娘が供も付けずにこんな辺鄙なところを歩いていちゃあ」
「……っ?」

 汚れた着物を着た野伏(のぶせり)の男たちが、私の前に立ちふさがった。

 野伏——、人里離れた山林をねぐらにし、通行人や旅人を襲って追いはぎを働くアウトローたちだ。落ち武者や食い詰めた元農民、ならず者の集団。

 神社でぬくぬく育った私にとっては縁遠い存在で、この目で見るのは初めて。本当にいるんだ、こういう人達。——なんて、呑気に言ってる場合じゃない。

「痛……っ!」

 男の一人が、私の手首を強く掴んだ。
 振り解こうと試みるけれど、野伏たちは下品に笑うばかりで、手首を掴む力は一向に弱まらない。値踏みするような嫌な視線が身体中に向けられ、身がすくんだ。——終わった。

(私、このまま身ぐるみ全部剥がされて、臓器も売買されちゃうんだ……)

 覚悟した時、突如背後から現れた人影が、容赦なく野伏の腕を捻り上げて弾き飛ばす。
 
「汚い手でその人に触れるな」

 あまりに冷たい声で、それがエルムさんのものとは、顔を見るまで気づけなかった。
 
「え……っ」

 どうしてここに、と尋ねる私を背に庇い、エルムさんが野伏たちの前に立ちはだかった。その背中は、いつもより大きく見える。

「てめえ、何しやがる!」
「異邦人の分際で——」

 野伏たちが一斉にエルムさんに襲いかかる。その手には刃物がギラついて、私は思わず両目を固く瞑った。


 瞼を再び開いた時、そこには地に膝をつく野伏たちの姿があった。彼らを見下ろすエルムさんには傷ひとつない。

「——消えろ」

 エルムさんが冷たく言い捨てると、野伏たちはすっかり青い顔で、蜘蛛の子を散らしたように去っていった。

「ひいい……っ!」

(驚いた……この人がこんなに強いなんて)
 

「あ、あの、ありが——」

 言い終えないうちに、エルムさんが私の肩を掴んだ。

「どうして勝手に小屋を出た……!」

 彼にしては珍しい、感情的な声が降ってくる。不思議に思って見上げると、泣きそうな瞳と視線が合った。

「心配するだろう」

 さっきから肩を掴む手の力が、痛いくらいだ。

「君に何かあったら……僕は」

 至近距離から見上げるエルムさんの瞳には、嘘やごまかしの色は見えない。この人は、私を心から案じている。だからこそ不思議に思うのだ。

 青い瞳を真っ直ぐ見上げる。

「エルムさんはどうして、私なんかにそこまで親切にしてくれるの?」

 彼は悲しげに目を細め、「……昔、大事な人に優しくしてもらったからだ。その恩を返しているだけだ」と答えるのだった。
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