死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
 野伏(のぶせり)とのひと悶着があった翌日、エルムさんは本格的に体調を崩した。夕食の準備の途中、土間に膝をつき苦しげに胸を押さえている。

「あの、いいから休んでいてください。私、自分の世話くらいもう自分で出来ます……!」

 咳き込む様子を聞きつけ、土間へ顔を出した私を、さっきからエルムさんは頑なに部屋に戻そうとする。

「……駄目だ」
「エルムさんってば……!」

 どう見ても彼の方が体調が悪いのに、なんて強情なの。自分が看病するから横になって居ろと言って聞かない。
 
 私は、自分の手のひらをじっと見る。エルムさんには二度も命を救ってもらった。

(……巫女の力を使うなら今、よね)

 決心した私は、彼の傍らにしゃがんだ。

「あの……それならせめて、私に治療をさせてください。私、こう見えて神巫村の巫女なのよ」

 ところが、エルムさんは首を横にする。

「……必要ない」 
「でも、少しはあなたの役に立ちたいんです。私、お世話になってばっかりで……」

 諦めきれずに、咳き込む肩へと手を伸ばす。けれどそれは、骨ばった手に無碍に弾かれた。
 
「え……」

 予想外のことに、私はフリーズしてしまう。まさか拒絶されるとは思わなかった。

「……触らないでくれ。君に害が及ぶ」
「で、でも……」
「用がないなら、向こうに行っていて」

 彼の視線は床へ落とされ、感情が窺えない。

 結局、私はすごすごと部屋に戻ってきてしまった。
 エルムさんの言う「害が及ぶ」とは何だろう。私に対して、何か見えないバリアが張られているのを感じる。

(彼のために出来ることをしたいのに……)

 ずきん、と胸が痛んだ。この感じ、初めてじゃない気がする。私を拒絶する青い瞳。弾かれた手。

 ……私には、誰か大切な存在がいたような……。

 混濁する記憶の中に、春を告げる花が浮かんで消える。


(私はなにか大切なことを忘れてる——これ以上エルムさんに負担をかけないためにも、記憶を取り戻さないといけない)
 
 私は決意した。「私に何があったのか」「家族はどうなったのか」。自分の目で確かめなければ、これ以上前には進めない気がする。

 あんなことがあったばかりだし、エルムさんに言えば、絶対に止められる。私は、懐に護身用の短刀を忍ばせ、ひっそりと小屋を抜け出した。

 小屋の外は夜。陽が落ちているうちにやり遂げてしまおう。勝手に小屋を出たことを咎められたばかりで少し心苦しいけど。この、ずきりと心を引っ掻く棘の正体を突き止める。


 ——私は神巫(かんなぎ)村に行かなくちゃならない。
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