死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡

刃の向く先

 真夜中の境内は冷たく張り詰めていた。杉の香りを纏った夜風が、ひんやりと頬を撫でていく。砂利を踏む音がやけに大きく響いた。

 懐かしさを感じるよりも、足元がぐらつくような不安感を覚えていた。心の奥底、記憶の箱に、鍵をかけてしまってあるもの。それに触れようとする私へ、もう一人の私が警告を発している。

(忘れていた方がいい——)

 それでも、私は進まなくちゃいけない。記憶の箱に仕舞われた大切なものを取り戻すために。

 本殿に差し掛かった時、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。暗い境内がぐにゃりと歪んだ。砂利の上に膝をつく。

 目の前に、ここにあるはずのない風景が浮かんだ。
 見たことのある情景。二度と見たくなかったもの。

「この巫女は妖術使いだ! 私はこの女の怪しい術で正気を奪われ、火をつけさせられたんだ!」

 私を裏切り陥れた罪人。

「悪魔の巫女め!」
「穢れた巫女は神社の面汚し、制裁を受けろ!」
 
 私を糾弾する複数の瞳。

「問題は、ここにいる者の半数がなずなに猜疑心を抱いているということ。このままでは神社の威信は保たれない」

 私を切り捨てる家族。

「一族の面汚しめ。我が家との縁は今この瞬間を以て断ち切る」

 私を見ようともしない、冷酷な父親の瞳。

「巫女、なずなの有罪と刑の執行をここに確定する」

 私利私欲のために私を吊し上げた、役人。

 記憶の箱から、黒い感情がいっぺんに溢れ出てくる。そうだ、私は——放火の罪を被り、世界を呪って水の底に沈んだ。

「う……ああ、う……」

 境内の静けさに腹が立った。あんなことがあったのに、ここは美しい厳かさを保ち続けている。私はあんな目にあったというのに——。

 玉砂利に雨粒が落ちる。見上げると、いつの間にか夜空は黒い雨雲に覆われ、ぽつりぽつりと大粒の雨を大義な様子で降らした。雨足はにわかに強くなる。砂利の上に水玉模様が広がって、それは一瞬で真っ黒に塗りつぶされた。

 世界すべてに阻害されているような心細さを携えて、沛雨の中、幽鬼の足取りで歩き出す。

 足が向かったのは、私が育った屋敷だ。

 本当に笑えるんだけど。この後に及んで私、家族が私への贖罪の気持ちで苦しんでることを期待していたの。あるいは、同情で泣き暮らしているとか。

 そんなのは都合のいい妄想だったと、私はすぐに気づくことになる。——だって、この世界は私が「処刑」されてから、すでに十年の月日が経っていたんだから。
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