死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
とぼとぼと、向かう先に最早当てはない。
気が付けば、月明かりに照らされる桜の樹を見上げていた。我が家の裏手の小さな丘のてっぺんに鎮座する桜の樹。葉っぱを落としきった枝は、先程の雨で湿っている。
私の手の中には護身用の短刀がいまだ固く握られていた。お父様へと振り上げた刃の切先が、宙ぶらりんになって私を苛む。
「……私、馬鹿みたい」
あは、と自嘲めいた笑い声が溢れた。それは他人の声のように、私の耳にそらぞらしく響く。
「巫女の力を持っているからって、すっかり他人を救ってる気になって……」
誰かに必要とされることで自分が気持ちよくなりたい。思えば、それだけだった気がする。
私は善人じゃない。その証拠に、胸の奥には恨みの炎が燃え滾っている。お父様もお母様もせりなも、いまや恨みの対象でしかない。今更どんな綺麗ごとを並べてみたって、心の中はドス黒く汚れてる。
「偽善者の私に価値なんてない……!」
涙が満月を滲ませた。嗚咽が込み上げ、息が苦しくなってくる。自分のことも世界のことも何ひとつ許せそうになくて、それがこんなにも苦しい。もう疲れた。
——私が私を終わらせる。
そうだ、それが私にとって一番の救済エンド。誰にも迷惑がかからない。みんなを、そして私をも救う方法。
だから私は、刃の切先を己の首元へと突き立てた。
「……っ!」
力を込めようとしたその瞬間、背後から凄まじい力で腕を掴まれる。強烈な力で手元を弾かれ、ガラガラと音を立てて短刀が砂利の上を転がっていく。
掴まれた手から伝わってくる、尋常ではない震えと、必死さ。振り返るとそこには、息を乱し、肩を激しく上下させた青年の姿があった。
「なずな……っ」
震える手からじんわりと熱が伝わってくる。
「なにをしてる……っ! どうしてこんな馬鹿なことを……!」
息を乱したままの、なりふり構わない必死さを帯びた声。目の前に、今にも泣き出しそうな青い瞳があった。
「お願いだから、自分を傷つけないで……!」
この青い瞳、どこかで見た覚えがある。
「……あなた、は」
——そうだ。私には、大切な存在がいた。
この桜の樹の下で、おだやかな時間を共に過ごした異邦人の男の子……。
そうだ、それは、春を告げる大樹の名前。
なずなと同じ、春に花を咲かせる——
「ハルニレ……」