死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡

理の代償と、なずなの選択

 ハルニレが、訥々と顛末を語り、私は耳を傾ける。

 夜更けの中、神巫(かんなぎ)神社から山林の小屋に戻った私達は、行燈の灯りで薄暗く照らされた畳の上、隣り合わせで寄り添っていた。

 彼の語る過去の中に、馴染みの名前が登場すると、胸が熱くなった。私にとって、「水没の儀」はほんの数ヶ月前のことだけれど、家族や、奉公人の皆にとっては、十年も前の話。十年後である今この時に至るまでの間で、彼らは「なずな」のことを確かに思ってくれていた。その事実だけで十分だった。

*
 
「僕は、国中を放浪し、あらゆる禁書や古文書を読みあさった。放浪の末、見つけたのが……」
 
 顛末を語るハルニレの横顔は、相変わらず表情に乏しい。少し伏せられたまつ毛は、語るのを躊躇うような印象を与えた。
 
「「時の秘術」という……時空を歪める禁忌の秘術だった」

 あまりの内容に、私は思わず目を見開く。

「それって、タイムスリップ——時間転移ってこと……?」

 ——なんだか、まるで現実感がないけれど……。

 ハルニレが冗談を言っているとは思えない。それに、現に私はこうして十年後の世界にいるのだから、疑いようはなかった。ハルニレが頷く。
 
「秘術を修得したのが二十一歳になった時」

 ハルニレは、畳の目へ視線を留めたまま続けた。

「これを用いて、君が亡くなる直前の「十年前の過去」へと時を跳び、君と共にこの時空へ戻った……というわけだ」

 ハルニレは何年もの間、私を助けるために手を尽くしてくれていたんだ。胸の奥がじんわりと温かくなる。誰かが自分のことを想ってくれている。それがこんなに孤独を癒すだなんて、知らなかった。感極まって……っていうのか……なんだか気持ちがいっぱいになって、目から熱いものが溢れそうになる。ぐっと堪えて、隣へ笑顔を向けた。
 
「ハルニレは私に会いに来てくれてたんだね……約束を守れなくてごめん」

「いや」とハルニレが首を振る。

「今生きていてくれてる、それだけでいい」

 やっと目線がこちらに向けられた。目尻がほんのり柔らかく緩む。

(あ……笑った……?)

 不器用なところはあの頃のまま、変わっていない。



(それにしても大きくなっちゃって)

 ハルニレってば、私より頭一つ以上身長が高くなってしまった。肩とか背中とか、すっかり男の人って感じだし……。 ——まあ、私だって、十年経てばもう少し伸びる予定ですけど。

 呑気に眺めていたら——


 ハルニレの上体がぐらりと傾いた。

「え……っ?」

 彼の体が私へとしなだれかかる。全身の力が抜け、ぐったりした様子だ。突然のことに気が動転してしまい、声が情けなく裏返る。

「ハルニレ……っ?」
「だい……じょうぶ、だ。少し……眩暈がしただけ」

 ハルニレは強がるけれど、その顔は死人のように青白い。

「病気じゃないから……心配いらない。それにこれは、僕の選択の代償だか、……ら」

 言葉の途中、突如血を吐き、その場に倒れ込む。押し殺されながら漏れる苦悶の声は、彼を襲う苦痛の大きさを物語っていた。

「ハルニレ……! しっかりして……っ」

 意味もなく喚きながら、私の脳はある考えに至っていた。
 
(ハルニレは私に何か隠してる……)

 さっき、ハルニレは何て言った?
 
 ——「時の秘術」という時空を歪める禁忌の秘術……。選択の代償。

(もしかして……)

 背中を嫌な汗が流れる。
 
 本来、十年前に水没して死ぬはずだった「なずな」がこの時空に存在していること自体が、世界の理と矛盾している。世界がその「不整合」を正そうとする反作用として、なずなを生かし続けているハルニレの生命力が、一日ごとに凄まじい勢いで食いつぶされている……?

 ハルニレの脈が弱くなっている。
 指先に触れると、怖いくらい冷たかった。

「やだ……っ! ハルニレっ!」

(このままここにいれば、ハルニレは私の代わりに死んでしまう……?)
 

 私がその恐ろしい事実に気付くまで、そう時間はかからなかった。
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