死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
「……」
少年は口を固く結び、そっぽを向いてしまった。
「言いたくないなら、無理に言わなくていいよ。……でもね、お腹が空いてるなら、うちに来ない? 何かあったかいもの、食べさせてあげる」
私の提案に、彼の喉がクッと鳴り、視線がわずかに上がった。けれど、首は縦には振られない。肋骨がくっきり浮かんだ胸元が痛々しくて、私はもどかしい気持ちでいっぱいになる。
「これ……食べる?」
ふと思い立ち、袂に忍ばせた干し柿を、少年の手に握らせた。代わりに、すっかり潰れてしまったお団子はハンカチにくるみ、そっと受け取った。
「ほら、遠慮しないで。甘くて美味しいよ。こっちのお団子は、あとで綺麗にして食べましょうね」
少年は、干し柿と私の顔を何度も見比べた末、堪えきれずに手の中のそれに食らいついた。目にはうっすら涙を浮かべ、必死に貪る。彼は、悪魔と謗られながらも、精一杯生きようとしている。
「……なずな、随分騒がしくしているようだな」
ふいに、感情のない声が頭上から落とされる。私を一番萎縮させるこの声。厳格な神主であり、私の——
「……お父様」
「異邦人を庇い立てするなど、巫女として許されることではない。——すぐに追い出せ」
ぴしゃりと言い放たれた言葉に、私の脳は五秒間フリーズする。お父様怖すぎです。でも、隣でビクッとしている少年のためにも、私は気力を奮い立たせた。
「嫌です!」
いつもは従順な私がきっぱりと反論したので、お父様の目が丸くなった。
「お父様。神様は、貧しさから罪を犯してしまった幼子を、そのまま見殺しにせよとおっしゃるでしょうか?」
「なずな」
「神の御心とは、万物を包み込む慈悲にあるはずです。この子はお腹を空かせ、生きるために手を出してしまっただけ。罰を与えるのではなく、正しき道を教えることこそが、神に仕える私たちの役目ではありませんか!」
私のなけなしの語彙力、フル動員せよ! 結構必死に長文をまくしたててみたけど、この手の正論は、真面目なお父様には結構刺さったみたい。
「戯言を……」
ため息混じりに、お父様。
「……わかった。そこまで言うならば、条件を出そう」
「お父様」
「そこの」
氷のような冷たい目が、少年を射る。
「異邦人がこの村に留まる間、境内に一歩も近づけぬこと。そして、立ち去るまでに人としての礼節と読み書きを叩き込むこと。それができぬなら、次はお前ごとこの社から追い出す。——わかったな」
うう、相変わらず、おっかない。でも、それでこの子を守れるのなら、やってやろうじゃないの。
「承知、いたしました」
お父様はフンと鼻を鳴らし、こちらに背を向ける。立ち去るお父様に、私は深く頭を下げた。
「——お父様、ありがとうございます!」
なんだかんだ、最後に情けをかけてくれる人だ。
顛末を見守っていた神官たちも、いたたまれない様子でそそくさと去っていき、この場に残されたのは、少年と私の二人。
その時、くいっと私の袖が控えめに引っ張られた。振り返ると、少年の青い瞳と目が合う。
「ハル、ニレ……」
「……え?」
「ハルニレ……僕の、名前」
それは、春を告げる大樹の名前。なずなと同じ、春に花を咲かせる植物。私にわかるようにと、彼の口からつたなく発せられたこの国の言語が、なんだかたまらなく愛おしくって、私は頬をゆるませた。
「ハルニレ——素敵な名前ね。改めて、私はなずなだよ。よろしくね、ハルニレ!」