死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
癒しの力を使った反動で、全身が鉛のように重く、こめかみがガンガンと痛む。
私は布団の中で身を捩り、傍らのハルニレに目を向けた。
「ハルニレ、あなたは今朝まで死にかけてたのよ。私の看病はいいから、今日は休んでいた方が……」
結局、また立場が逆転してしまい、布団に寝込む私と看病するハルニレという構図が出来上がっていた。自身も病み上がりだと言うのに忙しく動き回るハルニレに、心配の目を向ける。
「僕は平気だ」
ハルニレは静かに首を振った。
「君が治療をしてくれたから、問題ない」
「昨日平気だと言いながら死にかけていた人に言われても、あまり説得力はないけれど……」
ため息が零れるが、ハルニレには意思を曲げる気はなさそうなので、ここは折れることにする。
確かに、ハルニレの顔色は昨日と比べすっかり良くなっていた。突然激しく咳き込むようなこともない。
けれど、ハルニレが纏っていた病的な翳は、薄れることはあっても完全に消え失せることはなかった。私の悪い想像が的中しているような気がする。
私は上体を起こし、隣でおしぼりを絞る彼へ視線を合わせた。
「ねえ、ハルニレ」
いつもの無表情をじっと覗き込む。
「あなたが倒れたのは、「禁忌の秘術」の代償?」
ハルニレの表情が少しだけ曇った。
「……それをなずなが知る必要はない」
「大アリよ! ていうかその反応から察するに、ずばり当たりでしょ?」
「……」
そっと顔を逸らされたことで、私は確信する。この話題について語りたくなさそうなハルニレの代わりに核心に踏み込んだ。
「そして、本来この時空に存在するはずのない「私」がここにいる限り、ハルニレの命は蝕まれ削られ続ける。違うかしら?」
「……」
また、沈黙しか帰ってこない。じーっ、と見つめ続けると、はあ、とため息を挟んで苦い声が帰ってくる。
「……そうだと言ったら?」
「その禁忌の秘術——時間転移術って、もう一度使うことが出来るの?」
「……」
ハルニレの瞳が不愉快そうに細められる。顔は逸らされたまま、厳しい視線だけが私に戻された。
「技術的には可能だが……なぜ?」
ハルニレの手を取り、両手で包み込むと、私は正面から彼を見据えた。
「ハルニレ、お願い。私を、本来死ぬはずだった『十年前のあの瞬間』へ送り返して」
「……っ!」
何を言っているのかわからない、という様子で暫く言葉を失うハルニレ。逡巡のあと返ってきた声には、動揺と悲嘆が籠められていた。
「冗談ではない……!」
ハルニレもまた、こちらを正面から見つめ返す。その瞳はいつになく感情的で、強い視線に焼かれてしまいそうになる。
「長い年月を超え、ようやく君と再び会えたというのに……! またあの冷たくて孤独な水底に、君を押し戻せと言うのか!?」
「ハルニレ……」
「そんなのは……絶対に嫌だ……!」
私はハルニレの頬を優しく包み込むと、言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「ハルニレは命をかけて私を救ってくれたでしょう? 私もハルニレに返したいの」
「僕は……君が生きてさえいれば、この命はどうなったっていい……!」
「私は、あなたの命を奪って、あなたの未来を犠牲にしてまで生きていたくない」
私は穏やかに、しかし絶対に譲らない強い眼差しで告げた。
「私ね、水底に沈んで行く時、自分はなんて独りぼっちなんだろうって、絶望していたの。でも……こうしてハルニレが命をかけて手を差し伸べてくれた。私は一人じゃないって気付かせてくれた」
「……」
ハルニレは、何か言いたげに唇を噛んでいる。私は、小さな子どもに言い含めるように言葉を続けた。
「私、もうあの時のような孤独な女の子じゃない。ハルニレが……私の大好きな人が、私を愛してくれてる。そうでしょ?」
「……っ、」
ハルニレが私の腕に縋りつき、肩を振るわせた。
「僕には……できない……っ」
私は震える背中を愛おしむように撫でる。
「この記憶があれば、私には十分なんだ」
私は願う。
「ハルニレ……生きて、どうか幸せになって」
ハルニレは頷かなかった。
でも私は狡いから、すでに確信してるんだ。
——ハルニレは、絶対に私の望みを叶えてくれる。