死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
翌朝、縁側の雪うさぎが溶けきった頃、ハルニレは「時の秘術」の陣を描き終えた。すっかり日が昇りきっているにも関わらず、森はまだ眠りの中にいるように静まり返っている。禁忌の秘術の異質な力が、獣達を遠ざけでもしているみたいだ。
ハルニレが、深く息を吐いた。
「準備は完了した」
その声に感情は見えない。
「陣の中に入れば、転移は開始される」
——残酷なことをさせているのはわかっていた。命懸けで私を救ったハルニレの苦労が水の泡になり、この世界に彼だけが残されるのだから。それでも私は心に決めている。私はもともと死ぬ運命にあって、ハルニレには本当はこの先の未来があった。それならば答えは明白だ。生きてさえいれば、この先のハルニレの人生には必ず光があるのだから。
「ハルニレ……私ね」
あなたのことが……、と言いかけて、その先を飲み込んだ。いなくなる私がこんなことを言っても枷にしかならない。これからのハルニレが私の想いに縛られて生きていく必要はない。
ハルニレは先の言葉を察したかもしれないし、そうでないかもしれなかった。
「私、ハルニレにまた会えてよかった。今、とっても幸せ。ハルニレ……本当にありがとう」
「なずな、僕は」
陣に片足を踏み出した私を、強い力が引き戻した。強引に引かれるまま、気付けばハルニレの腕の中に抱きとめられていた。背中に回された腕はいつかのように優しく、壊れ物に触れるようだ。
「……君を愛している」
想いに応えるように、大きな背中に腕を回す。
ハルニレの瞳は何かを堪えるように揺れている。
おでこをこつんと合わせると、爽やかな桜葉の香りがした。