死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
優しさが起こす奇跡
鎮魂衆の奏でる楽の音がする。
(私……戻ってきたんだ)
二度目の水没の儀は私を再び寒々しい想いにさせた。しとしとと冷たい雨が降る中、白装束を着せられて和船の上。手足は先端に重石が付けられた重い鎖で縛り付けられている。
背後には黒い笠を深くかぶった斎人が控えていた。私を池に突き落とした処刑人。表情を消して佇む姿は相変わらず死神みたいだった。
(……私が沈められるまでまだ少し猶予がある)
ちらりと岸辺に目をやる。岸辺には白装束に身を包んだ鎮魂衆たちがずらりと居並び、笛の甲高い音と、胸を圧迫するような太鼓の重低音を響き渡らせている。彼らの背後には、役人や儀式を見守る観衆の姿があり、その中にお父様やお母様の姿も見える。
「悪魔の巫女め!」
「穢れた巫女は神社の面汚し、制裁を受けろ!」
観衆から二度目のヤジが飛ぶ。雨に濡れそぼる全身から急激に体温が奪われていき、体がガタガタと震えた。
(……大丈夫)
私は後ろ手に拘束された拳を人知れず握りしめた。
私の胸の内にはハルニレの姿がある。どれだけ罵声を浴びせられようと私はもう折れない。私はもう悪意に敗れた惨めな少女じゃない。心の内から温かな光が満ちていく。
ここに集う者たちに、私が失意のまま死んだとは思われてはいけない。そうでなければ——ハルニレは私を救うためきっと何度でも命を賭けてしまう。
和船が完全に岸を離れる前に、伝えなければ。
——私は大きく息を吸った。
「私は皆様にお伝えしたいことがあります」
「なんだ?」
観衆から声が上がった。
「この後に及んで命乞いか……?」
「私は、巫女の家に生まれながら、巫女らしからぬ勝手な振る舞いをしてまいりました。例えば、悪魔とされる『異邦人』を受け入れたことが、その一つに上がるでしょう。でも、私は後悔はしていません。私は——私の信じる『慈愛』を根底に、行動に移してきたというだけです」
「何を……!」
「黙れ、罪人が……っ」
「待って——!」
役人達が批判する中、それを制したのは他でもないお母様だった。お母様の悲痛な眼差しが私を見据える。私は頷き、もう一度声を張った。ゆったりと落ち着いた調子で言葉を紡いでいく。鎮魂衆の音楽は、いつの間にか止んでいた。
「放火の罪に関しては依然として身に覚えがありませんが、それでも私の日頃の行いが皆の不信感を呼び、神社にとっての妨げになってしまった今、私が処刑されるのは、ある意味で仕方のないことです。私は天命としてこれを受け入れます。——しかし、このような結末を迎えた私の後悔はただひとつ、皆様にお別れを言えていないことです」
集まっている人達が、一様に不思議そうな顔をしてこちらを見つめている。
私は場違いにも思える微笑みを浮かべて、彼らに視線を返した。
「皆様のおかげでとても幸せな人生でした。感謝いたします」
そうだ……私はこの運命を赦す。彼らに——両親に抱くべきは、怨念や恨み言ではなかったはずだ。
「お父様、お母様……」
船上から両親をまっすぐ見据える。
「私をここまで育ててくださって、本当にありがとうございました。素晴らしい両親に恵まれ、私は果報者です」
その時——
(——どんな時も悪意を返しちゃダメだよ)
——おばあちゃんの声が聞こえた気がした。
懐かしい渇いた声が、脳裏に心地よく響く。
(——優しさは奇跡を起こすんだ)
同時に、私の中から温かい力が湧き上がる。不思議な力が、満ちた月のような光となって全身から溢れ出し、水面と周囲一帯を包み込んだ。
「……っ?」
「これは……」
あまりの眩しさに、観衆達が目を覆う。
「まさか……真の癒しの力なのか……!?」
呟いたのは、お父様の声だったか。
気付けば、降り続いた雨は上がり雲間から太陽が覗いていた。
(私……戻ってきたんだ)
二度目の水没の儀は私を再び寒々しい想いにさせた。しとしとと冷たい雨が降る中、白装束を着せられて和船の上。手足は先端に重石が付けられた重い鎖で縛り付けられている。
背後には黒い笠を深くかぶった斎人が控えていた。私を池に突き落とした処刑人。表情を消して佇む姿は相変わらず死神みたいだった。
(……私が沈められるまでまだ少し猶予がある)
ちらりと岸辺に目をやる。岸辺には白装束に身を包んだ鎮魂衆たちがずらりと居並び、笛の甲高い音と、胸を圧迫するような太鼓の重低音を響き渡らせている。彼らの背後には、役人や儀式を見守る観衆の姿があり、その中にお父様やお母様の姿も見える。
「悪魔の巫女め!」
「穢れた巫女は神社の面汚し、制裁を受けろ!」
観衆から二度目のヤジが飛ぶ。雨に濡れそぼる全身から急激に体温が奪われていき、体がガタガタと震えた。
(……大丈夫)
私は後ろ手に拘束された拳を人知れず握りしめた。
私の胸の内にはハルニレの姿がある。どれだけ罵声を浴びせられようと私はもう折れない。私はもう悪意に敗れた惨めな少女じゃない。心の内から温かな光が満ちていく。
ここに集う者たちに、私が失意のまま死んだとは思われてはいけない。そうでなければ——ハルニレは私を救うためきっと何度でも命を賭けてしまう。
和船が完全に岸を離れる前に、伝えなければ。
——私は大きく息を吸った。
「私は皆様にお伝えしたいことがあります」
「なんだ?」
観衆から声が上がった。
「この後に及んで命乞いか……?」
「私は、巫女の家に生まれながら、巫女らしからぬ勝手な振る舞いをしてまいりました。例えば、悪魔とされる『異邦人』を受け入れたことが、その一つに上がるでしょう。でも、私は後悔はしていません。私は——私の信じる『慈愛』を根底に、行動に移してきたというだけです」
「何を……!」
「黙れ、罪人が……っ」
「待って——!」
役人達が批判する中、それを制したのは他でもないお母様だった。お母様の悲痛な眼差しが私を見据える。私は頷き、もう一度声を張った。ゆったりと落ち着いた調子で言葉を紡いでいく。鎮魂衆の音楽は、いつの間にか止んでいた。
「放火の罪に関しては依然として身に覚えがありませんが、それでも私の日頃の行いが皆の不信感を呼び、神社にとっての妨げになってしまった今、私が処刑されるのは、ある意味で仕方のないことです。私は天命としてこれを受け入れます。——しかし、このような結末を迎えた私の後悔はただひとつ、皆様にお別れを言えていないことです」
集まっている人達が、一様に不思議そうな顔をしてこちらを見つめている。
私は場違いにも思える微笑みを浮かべて、彼らに視線を返した。
「皆様のおかげでとても幸せな人生でした。感謝いたします」
そうだ……私はこの運命を赦す。彼らに——両親に抱くべきは、怨念や恨み言ではなかったはずだ。
「お父様、お母様……」
船上から両親をまっすぐ見据える。
「私をここまで育ててくださって、本当にありがとうございました。素晴らしい両親に恵まれ、私は果報者です」
その時——
(——どんな時も悪意を返しちゃダメだよ)
——おばあちゃんの声が聞こえた気がした。
懐かしい渇いた声が、脳裏に心地よく響く。
(——優しさは奇跡を起こすんだ)
同時に、私の中から温かい力が湧き上がる。不思議な力が、満ちた月のような光となって全身から溢れ出し、水面と周囲一帯を包み込んだ。
「……っ?」
「これは……」
あまりの眩しさに、観衆達が目を覆う。
「まさか……真の癒しの力なのか……!?」
呟いたのは、お父様の声だったか。
気付けば、降り続いた雨は上がり雲間から太陽が覗いていた。