死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
 私の中から溢れ出した温かな光が、水面を滑り、岸辺に立つお父様達を包み込んでいく。
 
「あなた……!」

 お母様が涙声でお父様に縋った。
 お父様の瞳からは、頑なに灯されていた苛烈な色がすっかり抜け落ちていた。

「……私が、間違っていた」と、唇が動いた気がした。

「私は神巫村の神主である以前に……あの子の父親だ……」

 そのゴツゴツした手の甲に、ぽとりと雫が落ちる。

「処刑は取りやめだ……っ!」

 立ち上がったお父様が役人に向かって、場違いな涙声を響かせた。
 一家の威厳を保つため、ずっと強張らせていたその瞳から、涙がこぼれ出していた。お父様が感情的な姿を公の場で見せるなんて考えられないことだ。私はぽっかりと口を開けてお父様を見つめる。

 ——ああ、届いたんだ……
 
 世間体という檻に囚われ、永久に溶けない氷のようだったお父様の心に、私の想いが繋がったのを感じた。体の内側から熱いものが込み上げてくる。
 
 お父様はなりふり構わず白州へ膝をつくと、石畳に拳を叩きつけ、絞り出すような声で叫んだ。

「直ちに鎖をほどけ……! 早くしろ!」

「はっ……はいい!」

 鬼の形相のお父様に叱咤され、背後の斎人(いみびと)が初めて声を発した。死神だと思っていた彼の思いのほか人間らしい声に、私は呪いが解けたような気分になった。


 ——運命が変わった……?
 
 拘束が外されるなり、私はヘナヘナとその場に膝を付く。去勢を張ったものの、またあの苦しい思いをするのはやっぱり怖かったから。ピンと張り詰めていた神経が一気に緩んで、体に力が入らない。

 
「この者は永久追放とする——!」

 お父様が叫んだ。


 観衆の多くはあまりの事態に目を白黒させていたけれど、不思議と非難の声が上がる様子はない。それどころか、湖の岸辺で抱き合う私と両親の姿に涙を流す観衆すらいるのが私には意外だった。


 ——優しさで挑めば優しさが返ってくる、か……


(おばあちゃんの言ってたこと、本当だったよ)


 雨上がりの水面は太陽を受けてキラキラと輝き、どこかに姿を消していた翡翠(かわせみ)が水上を滑る。久しぶりのお父様の胸の中はゴツゴツしていて、白檀の香りがした。
 


 こうして私は処刑を免れ——

 晴れて永久追放の身となったのだった。
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