死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
——拝啓、お父様、お母様。
私が一族を追放され、早七年が経とうとしています——
「……うーん、やっぱりちょっと時期が早かったかな」
解毒薬に使う薬草を探し山に入って小一時間。
今日のお目当てはドクダミ。現代日本の道路脇でもよく見かけた植物だ。
この世界で薬草作りを習う中で知ったんだけど、花みたいに見える白い部分は総苞で、その真ん中にある黄色いのが花らしい。その『総苞』が出ているドクダミが理想だったのだけど、そこまで育つにはあと数週間かかりそうだ。
妥協点として、葉が青くて元気そうな、草丈がしっかり伸びているドクダミを探して背中の籠に放り込んでいく。
「——これでよし、と」
人間の数よりも野生動物の方が多い長閑な離島、その北側に位置する山の麓に私の住む屋敷はあった。元は誰かの所有する倉庫だったようだけれど、無人になりすっかり廃墟化していたのを、こうして修繕し住まわせてもらっている。雨漏り・隙間風・扉の立て付け不良……などなど、不便は数知れずあるボロ屋だけど、私はわりと気に入っていたりする。例えば、野菜を育てるのに適した良質な土をたっぷり蓄えた庭があるところ、そして屋敷の傍らに大きな桜の木があるところ。
島の南側には漁業を生業にした者が住まう小さな集落があり、私は市井の癒し手として、村人の病や怪我を治してどうにかこうにか生計を立てている。
暮らしは楽ではないけれど、私は今の生活に結構満足していた。——なんと言っても、初めての一人暮らし。しかも前世の私の密かな野望・悠々自在のスローライフの夢が叶えられているのだ。
それになにより、この島の住人達は私の能力を心から歓迎し受け入れてくれている。おかげでこの七年間、ありのままの私で生きていくことが出来ていた。
(お父様、お母様——なずなは毎日を健やかに生きています)
水気を切ったドクダミを、数本ずつ束ねて風通しのよい日陰に吊るしていると、玄関先から声がかかった。
「ごめん下さい」
玄関先にはお得意様親子の姿があり、その手には鰆が二匹。
「今日は大漁だったからお裾分け」
「まあ、こんな立派なお魚……」
「いいのいいの。いつも僅かな代金で診てもらってるんだからそのお礼。医者は高額だから本当に助かってるよ」
「わざわざこのような山の麓までご足労おかけしてしまって……」
「気にしないで。実はね、新太がおトラちゃんに会いたいって言うもんだから」
「ふふっ、新太君が会いに来てくれて、おトラも喜びます」
「にゃお」
話を聞きつけたおトラが玄関まで出てきて親子を出迎えた。
おトラは私が最近友達になった雌の虎猫だ。山で怪我をしていたところを治療したら懐いてくれ、いつの間にかうちに住み着いてしまった。
それにしても、おトラと新太君が戯れ合うのを眺めていると心が癒される。動物と小さな子供の組み合わせって最強よね。
ふと考える。新太君のお母さんは私と同じくらいか、少し上くらいの年代だ。
私も今年で二十三歳。この世界の女性は結婚が速いから、もう充分家庭を持つことを考えてもいい年頃だ。
——私って周りからはどう見えているかしら。天涯孤独で家族はおらず、一人きりで生計を立てる女性。もしかすると薄暗く寂しい人生に見えているかもしれない。
(結婚か……)
七年前、私に求婚してくれた少年のことを思い出す。
過去が変わり、私が死なずに永久追放となったことで、ハルニレは「時の秘術」という禁忌を使う必要がなくなっている。今頃は、どこかで無事に成長しているはずだ。
春の陽光に包まれる親子の背中を、おトラといっしょに見送る。
桜の花びらが一枚、薄暗いボロ屋の廊下にふわりと舞い降りた。
(ハルニレ——またあなたに会いたい)
私は彼との再会を信じ、この桜の下で待ち続ける——。