死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
「異邦人なんかがどうして屋敷の中に……」
「なんて不吉な……」
ハルニレを預かってから二、三日は、奉公人から戸惑いの声が上がった。ハルニレを引き連れて屋敷内を歩いていれば、彼に向けた聞こえよがしの影口が飛んでくる。
予想は出来ていたとはいえ、加害者家族と謗られた前世を持つ私はこれが面白くない。だからその都度、にこやかに言ってやった。
「この子の保護にはお父様の許可が降りているのよ。文句がある方はお父様へ直接どうぞ」
これじゃあ完全に虎の威を借る狐だけれど、使える権力は使わなければ損というものだ。
「ねえ……僕がここにいて、なずなの立場、悪くならない……?」
すっかり恐縮して縮こまるハルニレだが、私はその華奢な肩を優しく叩く。
「私なら大丈夫よ。神主のお墨付きなのだし、巫女の私もついてるのだから、あなたはただ堂々としてればいいの」
ハルニレも当初こそ不安そうだったものの、トキさん達の助力もあって、次第に屋敷に馴染み、溶け込んでいった。それには勿論本人の努力も大きい。彼は存外働き者で、トキさん達にくっ付いて奉公人の仕事を手伝って回るうち、その真面目さと謙虚さから、奉公人の信用を得たようだ。
*
「ツルさんが流行り病ですって?」
この日の私は、ハルニレを伴い、神社の近所の山へ、巫女のお勤めの一つである薬草摘みに来ていた。ハルニレがこくんと頷く。
「もう三日、お勤め休んでる」
「まあ——それは心配ね」
ツルさんはテキパキバリバリと常に屋敷を走り回っているパワフルな女性で、私がなずなとして生まれてこの方、彼女が風邪を引くところを見た記憶がなかった。その彼女が寝込んでいるというのだから只事じゃない。
「……そうだ! ねえ、ハルニレ……」
紫蘇の葉を摘み取りながら、私はあることを思いつくのだった。
「……えっ? なずな様が私のために?」
奉公人の寄宿舎にて、湯気を立てるお粥を前に、ツルさんが瞳を丸くした。元々痩せ型の彼女だけど、この三日間でますます肉が削げ落ち頰がこけ、見ているだけで痛々しい。
「うん。奉公人の皆に頼んで、作らせてもらったんだ。ハルニレも手伝ってくれたのよ」
「恐縮です——ありがとうございます」
布団の上で深々と礼をするツルさんだったが、顔を上げたらいつものお小言。
「なずな様、奉公人のためにこんなことをしてはダメですよ。全く、また旦那様に怒られますよ」
ぶちぶち言いながらも、その口調はどことなく嬉しそうである。ハルニレの頭に手を乗せると、ぐしゃぐしゃっと乱暴に撫でた。
「ハルニレ坊ちゃんもありがとう」
「うん……!」
二人の姿を眺め、私は密かに胸が暖かくなる。
しかし、肝心のお粥を口に含んだ後、ツルさんは神妙な顔になった。
「なずな様……なにか妙な味がするのですが?」
——ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました。
「じつは隠し味に、粉末状にすり潰した女郎花が入っているの。女郎花には咳止めや解熱作用があるでしょ。ハルニレの故郷ではお粥にハーブを入れると聞いて、ちょっと入れてみたの」
「……ちょっと入れてみたのって……」
ツルさんが頬を引き攣らせている。
ハルニレが邪気のない瞳でツルさんを覗き込んだ。
「……おいしい?」
ツルさんは逡巡のあと、「とっても美味しいわよ。ありがとうね」と親指を立てて大人の笑みを浮かべるのだった。
「なんて不吉な……」
ハルニレを預かってから二、三日は、奉公人から戸惑いの声が上がった。ハルニレを引き連れて屋敷内を歩いていれば、彼に向けた聞こえよがしの影口が飛んでくる。
予想は出来ていたとはいえ、加害者家族と謗られた前世を持つ私はこれが面白くない。だからその都度、にこやかに言ってやった。
「この子の保護にはお父様の許可が降りているのよ。文句がある方はお父様へ直接どうぞ」
これじゃあ完全に虎の威を借る狐だけれど、使える権力は使わなければ損というものだ。
「ねえ……僕がここにいて、なずなの立場、悪くならない……?」
すっかり恐縮して縮こまるハルニレだが、私はその華奢な肩を優しく叩く。
「私なら大丈夫よ。神主のお墨付きなのだし、巫女の私もついてるのだから、あなたはただ堂々としてればいいの」
ハルニレも当初こそ不安そうだったものの、トキさん達の助力もあって、次第に屋敷に馴染み、溶け込んでいった。それには勿論本人の努力も大きい。彼は存外働き者で、トキさん達にくっ付いて奉公人の仕事を手伝って回るうち、その真面目さと謙虚さから、奉公人の信用を得たようだ。
*
「ツルさんが流行り病ですって?」
この日の私は、ハルニレを伴い、神社の近所の山へ、巫女のお勤めの一つである薬草摘みに来ていた。ハルニレがこくんと頷く。
「もう三日、お勤め休んでる」
「まあ——それは心配ね」
ツルさんはテキパキバリバリと常に屋敷を走り回っているパワフルな女性で、私がなずなとして生まれてこの方、彼女が風邪を引くところを見た記憶がなかった。その彼女が寝込んでいるというのだから只事じゃない。
「……そうだ! ねえ、ハルニレ……」
紫蘇の葉を摘み取りながら、私はあることを思いつくのだった。
「……えっ? なずな様が私のために?」
奉公人の寄宿舎にて、湯気を立てるお粥を前に、ツルさんが瞳を丸くした。元々痩せ型の彼女だけど、この三日間でますます肉が削げ落ち頰がこけ、見ているだけで痛々しい。
「うん。奉公人の皆に頼んで、作らせてもらったんだ。ハルニレも手伝ってくれたのよ」
「恐縮です——ありがとうございます」
布団の上で深々と礼をするツルさんだったが、顔を上げたらいつものお小言。
「なずな様、奉公人のためにこんなことをしてはダメですよ。全く、また旦那様に怒られますよ」
ぶちぶち言いながらも、その口調はどことなく嬉しそうである。ハルニレの頭に手を乗せると、ぐしゃぐしゃっと乱暴に撫でた。
「ハルニレ坊ちゃんもありがとう」
「うん……!」
二人の姿を眺め、私は密かに胸が暖かくなる。
しかし、肝心のお粥を口に含んだ後、ツルさんは神妙な顔になった。
「なずな様……なにか妙な味がするのですが?」
——ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました。
「じつは隠し味に、粉末状にすり潰した女郎花が入っているの。女郎花には咳止めや解熱作用があるでしょ。ハルニレの故郷ではお粥にハーブを入れると聞いて、ちょっと入れてみたの」
「……ちょっと入れてみたのって……」
ツルさんが頬を引き攣らせている。
ハルニレが邪気のない瞳でツルさんを覗き込んだ。
「……おいしい?」
ツルさんは逡巡のあと、「とっても美味しいわよ。ありがとうね」と親指を立てて大人の笑みを浮かべるのだった。