死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
 うちの屋敷の裏手にはちょっとした丘があって、そのてっぺんには、樹齢三百年という大きな桜の木が鎮座している。この木の麓で私とハルニレの「寺子屋」が開催されるようになって、はや一ヶ月。
 
「……この文字、合っている?」

 地面を指差して、ハルニレが首を傾けた。地面には木の枝でいろは歌がみっしりと書かれている。

「うん、合ってるよ。とっても綺麗に書けてる。上達が早いわね、ハルニレ」
「……ん」

 素直な感想を述べると、ハルニレの瞳に喜びの熱が籠った。相変わらず表情は乏しいけれど、目に感情が現れると気が付いてからは、彼のことが大分わかるようになってきた。——それにしても、全く読み書きができなかったのに、ほんの一ヶ月でここまでモノにするなんて。この子ってばもしかして天才かしら?

「ハルニレ、あなたは将来は立派な学者様ね……」
 うっとりと妄想に花を咲かせている私を、ハルニレは冷めた瞳で眺める。
「夢見ないほうがいい。異邦人は学者にはなれない」

 ……数日一緒に過ごしてわかってきたけど、この子ってば、かなりシビアな性格なのよね。育った環境を考えれば当たり前かもしれないけど。

「可愛くないなぁ。全く、子供らしさがないわ」
「……僕は子供じゃない」
 ハルニレの瞳に怒り。
「わっ、ごめんごめんっ」

 私は慌てて訂正した。これも最近判明したのだけど、どうもハルニレは子供扱いされるのを嫌うようなのだ。特に私に対しては。多分「同じく子供なあんたに言われたくない」的な感情なんだろうな。一応私の方がお姉さんなんですけどね……?


「見て、なずな」

 ハルニレが得意げに指差したのは、地面に書かれた「なすな」の三文字だ。あら。私の名前? ……なんて健気なことするの! 胸をきゅんとさせつつ、
「んー、惜しいっ。正解はこうよ」
「す」に点々を足してあげる。

「……」

 「な」「ず」「な」の三文字を何度も何度も書き直すハルニレ。あまりに真剣な横顔に、思わず頬が緩んでしまう。

「……どう?」
 披露された渾身の一作は、習字の教科書に載せられそうな美しさだった。
「うん、上手よ。さすがハルニレ。私の生徒!」
 肩を優しく叩くと、ハルニレは瞳をキラキラさせた。
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