イケメン男子は、天然美少女を一途に溺愛中。
「朝比奈くん」

呼ぶと、湊は少し遅れて視線を返す。

「なに」

「さっき」

言いかけて、紬は迷う。
でも、逃げたらだめな気がした。

「……もしかして、やだった?」

湊はすぐには答えなかった。

信号の音だけが、やけに大きく聞こえる。

やがて彼は、低い声で言った。

「やだった」

そのひと言で、胸が大きく跳ねる。

「すごく」

紬は息を止めた。

湊は少し目を伏せる。

「下の名前で呼ばれて、楽しそうに笑ってて、一緒に帰ってて」

言葉が静かなぶん、余計に感情がにじむ。

「知らない白石が、いっぱいあるみたいで」

その声が、苦しいほど切なかった。

紬は泣きそうになる。
うれしい。
でも、それだけじゃない。
湊がこんなふうに揺れているのに、まだちゃんと隣に立てないことが苦しい。

「でも」

湊は続ける。

「俺、何も言える立場じゃない」

「そんなこと」

「あるよ」

彼は小さく笑った。
その笑顔は、ちっとも楽しそうじゃなかった。

「ちゃんとつなぎ止めてもないのに、取られそうで嫌だって思うの、勝手すぎる」

紬は胸の前で指を握る。
こんなの、切なすぎる。

「勝手でもいいよ」

思わず、そう言っていた。

湊が目を上げる。

「嫌なら嫌って思って」

「白石」

「だって、私は」

そこまで言って、紬は少しだけ声を詰まらせた。

私は、朝比奈くんにそう思ってほしい。
そう言いたかったのに、言葉になる前に気持ちがあふれそうになる。

すると湊が、ほんの少しだけ近づいた。

人通りのある駅前。
触れられない距離。
でも、前よりずっと近い。

「俺」

低い声が落ちる。

「ほんとは、ああいうの全部嫌だ」

紬の鼓動が跳ねる。

「白石が他のやつに笑うのも、名前呼ばれるのも、隣歩くのも」

その独占欲の強さに、胸が熱くなる。
怖いくらいなのに、うれしくてたまらない。

「なのに、まだ何も言えないのがいちばん嫌だ」

紬はもう、泣きそうなまま笑った。

「じゃあ、早く言ってよ」

そのひと言に、湊の目が揺れる。

でも彼は、今すぐ告白するかわりに、ひどく切ない顔で笑った。

「……それを言えるようになる前に、取られたくない」

その声があまりにも本気で、紬の胸はきゅうっと締めつけられた。
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