君の涙は春になる。
その日の放課後、紬は図書室にいた。

もともと本は好きだった。
静かな場所も好きだった。
誰にも話しかけられず、ただページをめくるだけの時間は、心を少しだけ軽くしてくれる。

返却棚に本を戻して、次に読む本を探していたときだった。

高い棚の上段にある文庫本へ手を伸ばした瞬間、指先が空を切った。
ほんの少し、届かない。

もう一度背伸びをした、そのとき。

頭のすぐ横から、すっと腕が伸びた。

「これ?」

低い声が近くでして、紬の肩がびくっと揺れた。

振り返ると、朝比奈湊が本を手にして立っていた。

「あ……」

「違った?」

「いや、合ってる、けど」

心臓がうるさい。
近い。
思っていたよりずっと近い。

湊は表紙を見て、それを紬に渡した。

「はい」

「……ありがとう」

「どういたしまして」

それだけのやりとりなのに、なぜこんなに息が苦しいのだろう。
紬は本を受け取って、視線を落とした。

「白石も、図書室来るんだ」

「も、とか言うってことは、朝比奈くんも来るんだ」

「たまに」

「意外」

そう言うと、湊は少しだけ眉を上げた。

「どういう意味」

「なんとなく。もっと運動してそうだから」

「してるよ」

「えっ」

「陸上部」

それは初耳だった。
言われてみれば足は長いし、走るのも速そうだ。
でも、教室にいる彼からは、部活で汗を流す姿がうまく結びつかなかった。
< 9 / 21 >

この作品をシェア

pagetop