もう戻れない
最後の言葉に首を傾げた。もう一度聞き直そうとしたけど、藤吉さんが大きく一歩私に近づいてきたから、聞き直さなくても分かった。
目の前に来た藤吉さんは、いつものように優しく見守る目線ではなく、私を本気で捉えるような目線をしている。
後ろに下がろうとしたけど、藤吉さんの手が頬に伸びてきて、親指でゆっくりとなぞる手が震えていた。藤吉さんから目を離せず、一挙一動を見つめる。
「秀くんがいなかったらって…。思ったこと、ある?」
藤「もちろん」
私の質問に即答すると、頬にあった手が首に降りてきた。その手を捻って抑えることもできる。でもその手に力がこもらないのを確認して、話を続けた。
「だから殺したの?」
藤「殺したって言ったら、どうします?俺のことも殺しますか?」
「どうもしないよ。何したって秀くんは戻ってこないし、私は絶対手を汚さない」
藤「…それでこそ、秀さんの彼女です。俺はそういう沙和さんだから好きになったんです。ただ。一度で良いから、あなたに触れてみたかった」
そう言って、首にあった寂しそうな手は〝ごめんなさい〟と、離れて行く。藤吉さんにかける言葉が見つからなくて必死に探していると、へにゃっと眉を下げて笑われる。
藤「そんな顔しないでください。余計惨めになるじゃないですか」
「どんな顔してる?」
藤「俺を哀れんでるように見えます」
「…そうかも」
二人の間に気まずい空気が流れ、私が席を立つ。すると、藤吉さんが私の手を掴んできた。目は合わさずに、下を向いたまま話し始める。
藤「俺は絶対に、会長も秀さんも殺さないです。信じてください。あと、もう哀れまないでください。俺が沙和さんを好きなのは、秀さんの彼女だからなんです。だから、いつまでも秀さんを好きでいてもらわないと、困ります」
「…うん。分かった」
するっと離れていく藤吉さんの手は、まだ震えていて、本当に私を大事に思ってくれている藤吉さんの気持ちが伝わってきた。この人は真犯人じゃないと信じる。
リビングを出て玄関に向かうと法戸くんが玄関で座っていて、私の足音を聞いて素早く立ち上がったのが見えた。
法「用事はもう済みましたか?」
「うん、一旦ね。本当は貴裕と澤村さんにも会いたかったけど」
法「貴裕さんも澤村さんも見まわり行ってるんで、しばらく帰ってこないと思いますよ」
「また別の日に来る」
法「じゃあ…。俺、沙和さんを連れて行きたい場所があるんですけど、付き合ってもらえませんか?」
法戸くんが、私を連れて行きたい場所。そんなの、今まで言われたことない。秀くんがいたから遠慮していたのかもしれないけど、好奇心もあって頷いた。
森を抜けて、家の方向とは別の方へ車は走っていく。