もう戻れない
「どこに連れて行ってくれるの?」
法「言えないです。でも、息抜きとだけ言っておきます」
息抜きか。法戸くんらしいと思った。気を抜けない私を気遣ってくれて、束の間のリラックスタイムを作ってくれた。
「ありがとうね、法戸くん」
法「いえ。僕はこんなことしか、できないですから」
安心できる安全運転で、目は瞑っていて首は前に垂れていた。後部座席にまわってきた法戸くんに、体を揺らされて起きる。
法「着きましたよ、沙和さん」
「…あ、ごめん。寝てた」
法「リラックスしていただけたようで、嬉しいことです」
エスコートされるように手を差し出されたけど、そういうのが嫌いな私は、無視して車を降りた。
「え、ここ…」
見上げるとそこは、立入禁止のテープが張り巡らされて入れなくなっている、影宝会の事務所だった。ここに来ても、まわりから見るだけで何の収穫もない場所。
法「入れないって思うじゃないですか。実は入れるんです」
「良いの?だめなんじゃない?」
法「ええ、だめですよ。でもテープが張ってるだけで、監視している人はいないですから」
そう言ってテープをくぐり抜け、どんどん中に入っていく法戸くん。この子って、時々突拍子もないことを言い出して、ルールを当たり前のように破る、真面目そうに見えて一番やんちゃな子。
法「ほら、早く。バレる前に」
外で一人待つのも、今は危険な立場。仕方なく法戸くんに付いて、事務所に足を踏み入れた。今まで何度も来ていた場所なのに、電気もついていないし賑やかさもない、初めて来たような感覚がする。
床が軋む音を立てながら、会長室横の廊下を通り抜けてさらに奥へ進む。会長室の奥は入るなと言われていたから、今私が入ろうとしているのが肝試しのような、ハラハラ感を演出させる。
「私、入って大丈夫かな」
法「だから、秘密って言ったじゃないですか。バレなかったら、誰が入っても大丈夫ですよ」
足がすくんで先へ進めない私の前に差し出された法戸くんの手を、今度は迷いなく取った。柔らかく包んでくれる手に、安心して足を一歩前に出す。
倉庫と掲げられた部屋の扉を開けると、突き当たりに本棚があって、その棚の左側の取っ掛かりを法戸くんが掴んで思い切り引くと、地響きのような振動とともに扉のように開いた。得意気に〝このフェイク考えたの、僕なんです。〟と話してくれて、扉の先の地下へと続く階段を見せてくれた。