もう戻れない
「貴裕…。私だけど、いる?沙和だけど」
しばらく沈黙が続き、今度はいつもより声を高くして名前を呼ぶと、背後に気配を感じた。晃輝は左隣にいるから、この気配は晃輝じゃない。
視界に映る限り、後ろを振り返らなくても見えそうなものを探す。でもそれを予測してか、何も見えるものがなくて直接目を合わせるしかなさそうだった。
背中に感じる気配から距離を大まかに測ると、振り返りながら銃口を掴めば、撃たれることなく顔を見合わせられる計算だったので、一瞬でシミュレーションした通りに実行してみた。
案の定、銃口を掴めて無事に奪え、背後にいた人に銃口を向けることに成功した。
「…私って分かってたよね。私だって言ったよね」
貴「瞬発力と洞察力が衰えてないか、試しただけだよ。俺が思った通り、しっかり奪われたけどな」
両手を顔の高さまで上げて、降参のポーズを取る貴裕。お互いの目を見て、今の言葉が本当だったか確かめる。でも貴裕は、私に心を閉ざしているように見えた。感情が全く読めない、私でさえも信じていないみたい。
貴「澤村には、外で見張りさせてる。話があるって?」
「うん。この間言ってた、お父さんの事件のこと聞きたくて。貴裕はその日、何してた?」
貴「何してたっけな…。まぁとりあえず座れよ。立ち話じゃないだろ」
三人が座るには勿体無い大きさのソファに案内され、座る前に晃輝を見ると貴裕をじっと見つめ、首を傾げていた。
貴「親父が亡くなってから、やることが一気に増えるし心配事は増えるし、なかなか落ち着かないな」
「責任が増えたもんね」
貴「あぁ…。でも色々やってる方が気が紛れて良いかも」
そう言いながら足を組んだ貴裕。落ち着かないと言いながらも、見た目の威厳は十分にある。ただ、顔は多少疲れているように見えるので、休ませてあげたい気持ちもある。
私は何の役にも立てないかもしれないし、余計に迷惑をかける立場にあるけど。姫は、そこにいて守られて、会長に愛される役目。影宝会の中に突っ込むのは違う。
貴「親父が撃たれた日だけど、澤村と見まわりに行こうと思ったんだけど、探してもいなくて。結局一人で行ったら、途中で藤吉と偶然合流して、一緒に見まわってたな」
「あ、それは藤吉さんも言ってた。途中で貴裕に会ったって」
貴「それで帰ってきたら、親父が血だらけで。焦ったけど、もう死んでたのも分かったから、とにかく会長が死んだことを他の地区の奴らに知られないようにするのが先だと思って、そこからはあんまり覚えてないな」
さすが会長の息子。影宝会を守るために教育された信念が、貴裕の中に植っているから今がある影宝会。
となると、今一番怪しいのは澤村さん。貴裕が探してもいなかったと言っているし、実際に地下室にいたのに見つからなかった。事務所にいることがバレないように隠れていたとしたら、犯人は絞られる。