もう戻れない
「晃輝。今から私が言うこと、よく聞いて」
晃輝に車を止めさせて、目を合わせずに淡々と伝える。
晃「…何するつもり」
「助手席の鍵を開けて半ドアにするから、そのドアを晃輝が全身で蹴って。蹴破って外に出たら、私の盾になれるでしょ」
晃「分かった。でも、沙和さんを守りきれないかもしれない」
「自分のことは自分で守れる」
ようやく晃輝と目を合わせる。出てくるように外から車を蹴られて、助手席にヘルメットを外した一人の男が近づく。晃輝も覚悟を決めているようで、言葉は交わさず頷くと、運転席のシートに飛び乗った。
それを合図に外にいる男と目が合うと、そのまま視線を離さずに鍵を開けて半ドアにする。素直に応じたと勘違いした男がドアノブに手をかけた時、晃輝の足が伸びてきて、ドアの前にいた男は吹き飛んだ。
「晃輝、左!」
晃輝は左の敵、私は右の敵を倒しにかかる。影宝会のため、貴裕の名誉を守るため。
女は、力では必ず勝てないのは分かっている。そこで、フェイントをかけまくり、護身術と合気道を組み合わせる。つまり、仕掛けに仕掛けて惑わせている間に、後ろにまわって仕留めるという戦術。
これが見事に上手くいき、腕を掴もうと伸ばされた手を腕で跳ね上げ、体が後ろに傾いた隙をついて鳩尾に一発殴りを入れている間に背後にまわり、跳ね上げられた手を捻って膝をつかせた。
仕上げに首の後ろをチョップすれば、完成。
「よし…」
まだ体は鈍っていなかった。数年前に父親に稽古をつけてもらってから、姫という理由で実践は一度だけだった。久しぶりに体を動かせて、楽しいとさえ思えた。
隣では残り一人を片付けていたから、もう大丈夫だと貴裕の方を向く。すると、貴裕と殴り合っていたうちの一人が、私に掴み掛かろうとする姿がスローモーションで映る。
貴「沙和!」
貴裕の私を呼ぶ声もスローモーションで、避けようとするも突然の出来事に見守ることしかできず、ガシッとごつい手が肩を掴んだ。せっかくもがいたのに、こんな簡単に終わるなんて。ごめんなさい、貴裕。守れなかった。
素直に降参しようとすると、肩に置かれていた手の存在が消えた。なぜだろう。視界を広げると晃輝が斜め前に立っていて、その人の手を掴み、顔面に一発を正面からクリーンヒットさせていた。
晃「沙和さん大丈夫!?」
「うん…、大丈夫。ありがとう」
晃「沙和さんらしくなく、鈍かったね」
「…うるさい」