雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる。無自覚万能令嬢は『普通の生活』をお望みです!
エノレアは手元の書類へ視線を落とした。
胸の奥が妙に落ち着かない。ここから逃げ出したいような、そんな衝動に駆られる。
(私、どうしたんだろう?)
王太子を目指すレニオスには、いずれ妃が必要になる。優れた家柄を持ち、彼の傍らに立って支えられるような令嬢が。
その点、ロングレイン侯爵令嬢は話を聞く限り申し分のない相手だ。
それなのに、なぜか気持ちが重くなる。
「エノレア?」
オリバーに呼ばれ、はっと顔を上げた。
「どうしたの? なんか顔色が悪いけど?」
「ううん、そんなことないわ」
エノレアは笑ってごまかす。
「ロングレイン侯爵家が味方になれば、殿下の王太子選出に有利になるってことよね?」
「まあ、そうだね」
「それなら、喜ばしいことよね?」
自分に言い聞かせるように、口にした。
そう思わなければならないような、焦燥感に駆られる。
「エノレア……」
オリバーは何か言いたげに口を開きかけたが、結局何も言わなかった。
エノレアは仕事をしようと、書類を読む。
だが、なぜか内容が頭に入ってこない。
(……妃候補)
先ほど聞いたその単語が頭の中で繰り返されて、ちっとも集中できなかった。


