雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる。無自覚万能令嬢は『普通の生活』をお望みです!
「お父さんとお母さんは?」
「いない……」
エノレアは答える。どうしてだろう。記憶が曖昧だ。けれど、両親がいなくて寂しかった記憶はあった。
「養ってくれる親戚は?」
「養ってくれる親戚?」
そういえば自分はこれまでどこにいたのだろう。そんなことすら思い出せない。
ふと脳裏に過ったのは、豪華な調度品が並んだ立派なお屋敷だ。その瞬間、ぞわっと寒気がした。
「いや……いや……」
なぜだかわからない。けれど、強い恐怖心が湧いた。
胸が苦しくなって上手く呼吸ができない。
ひゅーひゅーと喉が鳴ると、男はすぐにエノレアの異変に気付いた。
「おい! しっかりしろ! ゆっくり息を吐くんだ」
大きな手で背中を摩られる。
「お嬢ちゃん! 俺は無理やりそこにお嬢ちゃんを追い返そうとしているわけじゃない。状況を確認しているだけだ」
「……本当?」
頭を抱えていたエノレアは、涙にぬれた目で男を見る。男の薄茶色の目と視線が絡んだ。
「ああ、本当だ。……よっぽど辛い目に逢ったんだな。一種の記憶障害だろう」
男ははあっと息を吐いた。
エノレアはいたたまれなくなり、俯く。
演技や嘘ではなく、本当によく思い出せないのだ。断片的な光景は頭の中に残っているのに、いざ説明しようとすると上手く思い出せなくなる。
「何か身に付けている物に手がかりでもあれば──」
そう言った男は、ふとエノレアの首元に視線を留める。
「お嬢ちゃん。そのペンダント、ちょっと見せてもらってもいいか」
「うん」
エノレアはペンダントを男に手渡す。男はペンダントトップを指先で抓んで眺めてから、ぱかっと蓋を開けた。
「中身は空か。……ん、何か刻印してあるな。愛するエノレアへ。聖王歴451年10月4日……。今からざっと八年前だな」
エノレアはそれを聞いてハッとする。
「そ、それ……名前……」
「名前? お嬢ちゃんの名前か? 聖王歴451年10月4日生まれでもうすぐ八歳?」
「……うん。それは……お母さんの形見」
不思議なことに、それはしっかりと覚えている