雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる。無自覚万能令嬢は『普通の生活』をお望みです!
明るく笑うエノレアを見ていると思い出すのは、今は亡き妹のことだ。
エノレアと同じ金色の髪に青い瞳をしており、幼少期を施設で過ごしたガレスのたったひとりの家族だった。その大事な妹が亡くなったのは、ガレスが十三歳、妹が九歳のときだ。
その施設は、子供達に毎日掃除や洗濯、ゴミ拾い、さらには違法な就労までさせる劣悪な環境だった。
その日たまたま体調を崩していた妹は満足に働くことができず、怒った施設長は罰として彼女に水をかけ、寒い屋外に立たせた。体調不良は心身が乱れているからであって、甘えであるため厳しく躾る必要があると言って。
結果、妹は重度の肺炎になり、そのまま帰らぬ人となった。
ガレスが医者を呼んでくれと必死に訴えたのに、施設長は「金が勿体ない」と言って最後までそれを聞き入れなかった。
(いつか絶対に殺してやる)
腹の底から込み上がるような強い殺意を持ったのは、初めてだった。
そしてそれを本当に実行しようとナイフを持って施設長の寝室に向かった日に、のちの恩師に出会ったのだ。
彼は四十代半ばの目立たない施設の職員にしか見えなかったが、実のところはその施設長と裏で糸を引く貴族の不正を暴くために依頼を受けて潜入していた諜報員だった。そして、復讐に燃えるガレスを制止し、一緒にその男を地獄に落とさないかと誘ってきた。
剣の握り方、相手の視線の読み方、薬草の知識、暗号解読、交渉術、魔法に礼儀作法。ガレスはありとあらゆることをその男から必死で学び、施設長を牢獄に送り込んだのちも鍛錬を続けた。
とにかく、自分を守るための力が欲しかった。妹の一件で、自分のような弱者は強くならなければ周囲に踏みにじられると知っていたから。
そうして五年が経ち、十年が経ち、やがて気付いたときには〝世界最強の諜報員〟と称される存在になっていた。
(お前のことも、誰にも踏みにじられない存在にしてやるからな)
ガレスはご機嫌で学校に行く準備をしているエノレアを見つめる。
子供はいつかは巣だって行く。四六時中見守ってやることができないなら、本人に自立できる力を与えてやるのが一番だ。
「おい、エラ。今日は帰ってきたら、森で遭難したときの対処術を教えるからな」
エノレアは準備していた手を止め、ガレスのほうを見る。
「うん、わかった! 木こりは遭難と隣り合わせだもんね。私もきちんと覚えておかないと」
エノレアは屈託なく笑う。