雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる。無自覚万能令嬢は『普通の生活』をお望みです!
「い、いいのですか?」
「その代わり、ロングレイン家の恥を晒したら許しませんよ。あなたはリリアナの横で、黙って座っていればいいの」
「はい!」
エノレアはこくこくと勢いよく頷く。
(王宮に行けるんだ)
黙って座っていろと言われたので誰ともお喋りはできないだろう。それでも、胸が弾んだ。
そうしてメイド達に着せられたのは、エノレアが初めて着るような綺麗なドレスだった。
薄い水色で、後ろにリボンが付いている。
リリアナのピンクのフリフリのドレスに比べると見劣りしたが、エノレアにとっては十分豪華だった。
いつもはぼさぼさの髪も、梳かしてリボンまでつけてもらえた。
鏡の前に立ったエノレアは、思わず息を呑む。
「……お姫様みたい」
ぽつりと呟くと、準備を手伝ってくれたメイドが小さく鼻で笑う。
「最後にいい思い出になったでしょ」
「……最後?」
不思議に思って鏡越しにメイドを見返したが、彼女はふいっと視線を逸らした。
(こんな綺麗な格好をするのは今日が最初で最後ってことかな?)
それでも、嬉しかった。
今日だけは、自分もロングレイン侯爵家の令嬢として扱ってもらえていると感じたのだ。
ふかふかのクッションが付いた馬車で向かった王宮の庭園は、夢のように美しかった。
そこかしこに咲き誇る色とりどり花々。緑のアーチをくぐるように伸びた石畳。そして、白いガゼボの近くには噴水があり、陽の光を受けて水面がきらきらと輝いていた。
お茶会の席には、同じ年頃の令嬢や令息が集まっていた。エノレアは全員初めて会う人たちだったが、リリアナはお友達のようで楽しげに話している。
その場に最後に現れたのが、第三王子レニオスだった。
艶やかな黒髪に、金色の瞳。
七歳のエノレアより少し年上に見え、まだ子供なのにどこか大人びて見える。
(王子様だ。綺麗な人)
エノレアは息を呑む。
こんなに奇麗な顔をした男の子を見るのは初めてだ。まるで、妖精のようだと思う。
「リリアナ・ロングレインでございます」
リリアナが優雅に礼をする。
「エ、エノレア・ロングレインでございます」
続いて、エノレアも見よう見まねで礼をした。
少し声が裏返ってしまい、周囲からくすくすと笑い声が漏れる。恥ずかしくて顔が熱くなったが、レニオスは表情ひとつ変えずに頷いただけだ。
(よかった。笑われなかった)
それだけで、エノレアは少しだけ安心した。