雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる。無自覚万能令嬢は『普通の生活』をお望みです!
 その後のことを、エノレアはよく覚えていない。
 何日もの間、牢屋に押し込められ、ご飯や水も最低限しか与えられなかった。

(大丈夫だもん。私は何もしていないもん)

 このまま一生ここから出られないのではという不安に押しつぶされそうになるたびに、エノレアは自分自身を叱咤する。

「月のしずくに赤い実ひとつ 白き大地の眠り草 金の花びら銀の糸 めぐる季節を待ちましょう──」

 ひとりぼっちで心細くてたまらないときは、母が歌ってくれた歌を口ずさんで耐えた。
  
 そんな日が続いたある日、エノレアのいる牢の鍵が開けられる。

「出ろ」

 無表情に告げる看守。エノレアは、ようやく自分の無罪が明らかになったのだと思った。

(やっとお屋敷に帰れる)

 迎えの馬車は質素なものだったが、そんなの全然かまわなかった。
 家に帰れる。ただそれが、嬉しかった。

 けれど、馬車に押し込められしばらくするとまた不安に駆られる。

「どこへ行くの……?」

 窓の外では、雪が降っていた。もう夕方で、辺りは薄暗い。
 馭者は何も答えない。

「こっちはお屋敷の方向と違うわ!」

 エノレアは声を張り上げる。やはり、馭者は何も答えない。
 そうこうするうちに、やがて馬車は山道に入った。

 雪が深くなり、明かりは馬車に付いたランタンしかない。
 暫く走り、ようやく馬車が止まった。

「降りろ」

 扉が開き、冷たい風が吹き込んだ。
 エノレアは首を振る。ここは、見える限り何もない。こんなところで下ろしてどうするつもりなのかと、嫌な予感がした。

「いや……」
「降りろ」
「お屋敷に帰して!」
「お前の帰る場所はない」

 その言葉の意味を、七歳のエノレアはすぐには理解できなかった。
 腕を掴まれ、雪の上に引きずり出される。

「やだっ!」

 抵抗して馬車に乗り込もうとしたが、首根っこを掴まれて地面に突き飛ばされた。
 雪の上に倒れたエノレアは呆然と、御者を見上げる。

「お願い、置いていかないで」

 エノレアは御者の服にしがみつく。

「お願い」
「悪いが、これは命令なんでね。お前への罰だ」
「わたし、悪いことしてない!」

 必死だった。こんなところにひとり置いてきぼりにされたら、間違いなく死んでしまう。

 けれど、御者は同情する様子もなく、ふいっと目を逸らす。そして、御者席に乗り込むと、手綱を引いた。

 遠ざかる馬車の後ろ姿を、エノレアは呆然と見送る。
 そして、幼いながらに悟った。

 ──自分は捨てられたのだと。


 
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