雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる。無自覚万能令嬢は『普通の生活』をお望みです!
男が悲鳴を上げる。
エノレアはその男を、冷ややかな目で見下ろした。
「痛くしたのだから当たり前よ。それより今、私たちのことを襲おうとしていたわよね?」
「助けてくれ! この女、化けもんだ!」
そうこうするうちに、町の警邏が駆け付ける。
男は自分が襲われたと主張したが、エノレアが第一級文官の身分証を見せると警邏はあっさりとエノレアの話を信用してくれた。それに、手にナイフを持っていたのを通行人が目撃していたのも決定的な証拠になった。
「お二人の身なりがいいので、金品を強奪しようとしたものと思われます」
警邏隊の責任者は神妙な顔で言う。
「捜査結果は、青嵐宮まで報告を上げてくれ」
「かしこまりました」
責任者は深々と頭を下げた。
エノレアとレニオスは、この騒ぎの最中に到着していた迎えの馬車に乗り込んだ。
「その……助かった。礼を言う。……お前は体術もできるのだな」
レニオスは以前、窃盗犯を捕えた謎の美女がエノレアなのではないかという噂が立っていたことを思い出す。半信半疑だったが、今の動きを見る限り彼女で間違いなさそうだ。
「はい。山では、熊や猪に襲われることもあるので護身は基本中の基本です」
「熊と戦うのか?」
「ときどきですけど。熊って顔を狙って鋭い爪のついた手で殴りかかってくるので、スピードが勝負です」
エノレアは大まじめに答える。