光のそばで 〜及川蒼真が見た景色〜
「飲み会に参加するというより、見守りですよ」
「はいはい」
「本当にそうですからね」
「分かったって」
「及川くんの『分かった』は信用できません」
「ひどいな」
綾瀬はゼリー飲料をかごに入れ、時計を見た。
休憩時間があまり残っていないのだろう。
「じゃあ、病棟戻ります」
「おう」
「及川くんも仕事頑張ってください」
「下部も意外と忙しいんだよ」
「意外と、なんですね」
「そこ拾う?」
「拾います」
「ほんと可愛くないな」
「褒め言葉として受け取ります」
そう言って、綾瀬は少しだけ口元を緩めた。
病棟で後輩に向ける笑顔とも、患者に向ける笑顔とも違う。
四年前から変わらない。
遠慮のない言葉を返してくる時の顔だった。
及川は、それを少し懐かしいと思った。
新人だった頃の綾瀬は、もっと張り詰めていた。
失敗してはいけない。
迷惑をかけてはいけない。
そんなものを全身にまとっているように見えた。
今も真面目なのは変わらない。
けれど、四年前より少しだけ肩の力が抜けている。
後輩を気にかける余裕もできた。
こうして冗談に付き合う余裕もある。
ちゃんと成長してるんだな。
そんなことを思うと、少しだけ嬉しかった。
「じゃあ、今度な」
「はい」
綾瀬は先に会計を済ませ、コンビニを出ていった。
病棟へ戻っていく背中は、もういつもの綾瀬美月だった。
まっすぐで、迷いがない。
及川はその背中を見送ってから、ふと手元を見た。
おにぎり
サラダチキン
飲み物
全部、まだ会計していない。
「あ、やべ。まだ会計してなかった」
完全に忘れていた。
レジへ向かおうとした、その時だった。
コンビニの外は、もうほとんど夜になっていた。
西の空にわずかに残った光が、病院の大きな窓から細く差し込んでいる。
その光の向こうに、白衣姿の男がいた。
少し離れた場所に立っていた藤崎先生と、目が合った。
藤崎理久。
肝胆膵班の助教で、及川にとっては上級医にあたる。
院内では、誰が言い始めたのか「王子」と呼ばれている。
確かに、その呼び名には妙な説得力があった。
整った顔
穏やかな物腰
患者にもスタッフにも丁寧で、仕事もできる。
外科医局でも一目置かれている人だ。
その藤崎先生が、こちらを見ていた。
「あ、お疲れ様です」
及川は反射的に頭を下げた。
藤崎先生は、わずかに間を置いてから頷いた。
「……うん、お疲れ」
それだけ言って、及川の横を通り過ぎていく。
白衣の裾が静かに揺れた。
及川は何となく、その背中を目で追った。
ほんの一瞬。
けれどすぐに、自分がまだ会計をしていないことを思い出す。
「まずいまずい」
及川は慌ててレジへ向かった。
その時は、何も気づかなかった。
綾瀬と少し話していたところを、たまたま藤崎先生に見られた。
ただ、それだけだと思っていた。
けれど、後になって考えると。
たぶん、あの時だ。
藤崎理久の中で、及川蒼真という名前が、少しだけ面倒な場所に置かれたのは。
綾瀬美月の隣で、やけに馴れ馴れしく笑っていた男として。
そして数日後。
及川が半ば強引に綾瀬を巻き込んだその飲み会が、別の場所で日本酒を飲んでいた藤崎先生の目に留まることになる。
もちろん、この時の及川はまだ知らない。
「はいはい」
「本当にそうですからね」
「分かったって」
「及川くんの『分かった』は信用できません」
「ひどいな」
綾瀬はゼリー飲料をかごに入れ、時計を見た。
休憩時間があまり残っていないのだろう。
「じゃあ、病棟戻ります」
「おう」
「及川くんも仕事頑張ってください」
「下部も意外と忙しいんだよ」
「意外と、なんですね」
「そこ拾う?」
「拾います」
「ほんと可愛くないな」
「褒め言葉として受け取ります」
そう言って、綾瀬は少しだけ口元を緩めた。
病棟で後輩に向ける笑顔とも、患者に向ける笑顔とも違う。
四年前から変わらない。
遠慮のない言葉を返してくる時の顔だった。
及川は、それを少し懐かしいと思った。
新人だった頃の綾瀬は、もっと張り詰めていた。
失敗してはいけない。
迷惑をかけてはいけない。
そんなものを全身にまとっているように見えた。
今も真面目なのは変わらない。
けれど、四年前より少しだけ肩の力が抜けている。
後輩を気にかける余裕もできた。
こうして冗談に付き合う余裕もある。
ちゃんと成長してるんだな。
そんなことを思うと、少しだけ嬉しかった。
「じゃあ、今度な」
「はい」
綾瀬は先に会計を済ませ、コンビニを出ていった。
病棟へ戻っていく背中は、もういつもの綾瀬美月だった。
まっすぐで、迷いがない。
及川はその背中を見送ってから、ふと手元を見た。
おにぎり
サラダチキン
飲み物
全部、まだ会計していない。
「あ、やべ。まだ会計してなかった」
完全に忘れていた。
レジへ向かおうとした、その時だった。
コンビニの外は、もうほとんど夜になっていた。
西の空にわずかに残った光が、病院の大きな窓から細く差し込んでいる。
その光の向こうに、白衣姿の男がいた。
少し離れた場所に立っていた藤崎先生と、目が合った。
藤崎理久。
肝胆膵班の助教で、及川にとっては上級医にあたる。
院内では、誰が言い始めたのか「王子」と呼ばれている。
確かに、その呼び名には妙な説得力があった。
整った顔
穏やかな物腰
患者にもスタッフにも丁寧で、仕事もできる。
外科医局でも一目置かれている人だ。
その藤崎先生が、こちらを見ていた。
「あ、お疲れ様です」
及川は反射的に頭を下げた。
藤崎先生は、わずかに間を置いてから頷いた。
「……うん、お疲れ」
それだけ言って、及川の横を通り過ぎていく。
白衣の裾が静かに揺れた。
及川は何となく、その背中を目で追った。
ほんの一瞬。
けれどすぐに、自分がまだ会計をしていないことを思い出す。
「まずいまずい」
及川は慌ててレジへ向かった。
その時は、何も気づかなかった。
綾瀬と少し話していたところを、たまたま藤崎先生に見られた。
ただ、それだけだと思っていた。
けれど、後になって考えると。
たぶん、あの時だ。
藤崎理久の中で、及川蒼真という名前が、少しだけ面倒な場所に置かれたのは。
綾瀬美月の隣で、やけに馴れ馴れしく笑っていた男として。
そして数日後。
及川が半ば強引に綾瀬を巻き込んだその飲み会が、別の場所で日本酒を飲んでいた藤崎先生の目に留まることになる。
もちろん、この時の及川はまだ知らない。

