ベリーズカフェ15周年記念オリジナル短編『幸せのバタートースト』坂井志緒/著
「左様でございましたか。当ホテルをお選びいただき、誠にありがとうございます。お仕事とのこと。どうか実りあるお時間をお過ごしくださいませ」
すっと立ち上がり、深々と頭を下げ、「失礼いたしました」と告げて去っていく。一連の言動は、まさに一流のホテルマンだった。
「御園さん、でしたっけ。カッコいい人ですね〜」
大貫さんが感心したように言う。
「そうですね。でも普段はあんなに恭しくないんですよ。森川様なんて呼ばれてびっくりしちゃった」
「へぇ。親しいんですね」
そう尋ねられ、胸がズンと鈍く痛む。
「いいえ、それほどでは。行きつけのカフェで、ちょくちょく顔を合わせるだけです」
本当に、それだけ。別に、最初からずっと、親しいわけではなかった。
大貫さんは経費を使うためタクシーで会社に戻るとのことで、私たちはシャトー・ジャルダンのエントランスで解散した。時刻は午後六時過ぎ。終業時刻は過ぎている。
いったん会社に戻って、今日大貫さんと決めたことを久美ちゃんに共有するメールを送って……ああ、松川さんから来たメールも読んでおかなくちゃ。
会社に向かって歩きながらぼんやり考えていると、後ろから声をかけられた。
「明菜さん」
声の主など、確かめるまでもない。もうホテルマンモードではないようだ。ネームプレートも外している。
彼は小走りでこちらにやってきて、私の横に並んで歩きはじめた。
「御園さん。お仕事はいいの?」
彼の顔を見ることなく、素っ気なく尋ねた。いつも通りに接するつもりだったのに、イメトレがまだできていない。
「うん。急ぎの仕事は済ませてきたから」
「そう。ていうか、日本に帰ってきてたんだね」
「ああ、うん。羽田着の便が取れなくて、成田で降りたんだ。着いたのが二時半くらいだったかな」
「ふーん」
彼が女性と睦まじく歩いていたのを私が目撃したとは、微塵も考えていないらしい。
「明菜さん、これからどこ行くの?」
「会社に戻る。仕事が残ってるの」
「じゃあ、送らせて。ホテルに戻れば車もあるけど、アフタヌーンティーしてたんだよね? 腹ごなしに歩く?」
すっと立ち上がり、深々と頭を下げ、「失礼いたしました」と告げて去っていく。一連の言動は、まさに一流のホテルマンだった。
「御園さん、でしたっけ。カッコいい人ですね〜」
大貫さんが感心したように言う。
「そうですね。でも普段はあんなに恭しくないんですよ。森川様なんて呼ばれてびっくりしちゃった」
「へぇ。親しいんですね」
そう尋ねられ、胸がズンと鈍く痛む。
「いいえ、それほどでは。行きつけのカフェで、ちょくちょく顔を合わせるだけです」
本当に、それだけ。別に、最初からずっと、親しいわけではなかった。
大貫さんは経費を使うためタクシーで会社に戻るとのことで、私たちはシャトー・ジャルダンのエントランスで解散した。時刻は午後六時過ぎ。終業時刻は過ぎている。
いったん会社に戻って、今日大貫さんと決めたことを久美ちゃんに共有するメールを送って……ああ、松川さんから来たメールも読んでおかなくちゃ。
会社に向かって歩きながらぼんやり考えていると、後ろから声をかけられた。
「明菜さん」
声の主など、確かめるまでもない。もうホテルマンモードではないようだ。ネームプレートも外している。
彼は小走りでこちらにやってきて、私の横に並んで歩きはじめた。
「御園さん。お仕事はいいの?」
彼の顔を見ることなく、素っ気なく尋ねた。いつも通りに接するつもりだったのに、イメトレがまだできていない。
「うん。急ぎの仕事は済ませてきたから」
「そう。ていうか、日本に帰ってきてたんだね」
「ああ、うん。羽田着の便が取れなくて、成田で降りたんだ。着いたのが二時半くらいだったかな」
「ふーん」
彼が女性と睦まじく歩いていたのを私が目撃したとは、微塵も考えていないらしい。
「明菜さん、これからどこ行くの?」
「会社に戻る。仕事が残ってるの」
「じゃあ、送らせて。ホテルに戻れば車もあるけど、アフタヌーンティーしてたんだよね? 腹ごなしに歩く?」