ベリーズカフェ15周年記念オリジナル短編『幸せのバタートースト』坂井志緒/著
 さっきまで別の女性といたくせに、まだ私にちょっかいかけるの? いったいどういうつもりなのか知らないけど、私はもう、あなたなんかに騙されない。

 私は足を止め、それに気づいて振り返った彼をしっかり見据えて告げた。

「御園さん。もう私に構わないで」

 自分でも驚くくらい、低くて冷たい声が出た。彼の瞳が揺れ、眉がぴくりと動く。

「え……? 俺、なんかやらかした?」

「別に。ただ、あなたの相手をするのに疲れただけよ」

 あなたは遊びのつもりでも、私は期待してしまう。裏切られて傷つくのはもう嫌だ。ボロボロになって、また社員たちに迷惑をかけるのはもっと嫌だ。

「もしかして、さっき仕事の邪魔をしたから怒ってる? ごめん。明菜さんが男とふたりだったから焦ったんだ」

「どうしてあなたが焦るの?」

「そりゃ焦るだろ! 出張で何日も会えなくて、やっと顔が見られたと思ったら別の男と、よりによってうちのホテルにいたんだから!」

 ああ不思議。彼がムキになっているように見える。さっき女性と腕を組んでいるところを目撃していなければ、きっと信じていた。
 ふふんと、私は彼を鼻で笑った。

「そんなこと言って、御園さんだって女性と一緒だったじゃない」

 私はすでにあなたの本性を知っている。だからもう、お遊びはおしまいだ。

 彼は数秒ぽかんと口を開き、それから思い出したように顔を青くした。

「あ……あれは違うよ! グループで世話になってるVIPのお嬢さんで」

「いいの。別に、誰だっていい」

 あれがどこの誰であろうと、私には関係ない。VIPのお嬢様ならホテル御曹司にお似合いだ。少なくとも、小さな印刷屋の女よりは。

「……誰だっていいて……なんやねん」

 彼は眉間にシワを寄せ、ボソリとなにか呟いた。ちょうどバイクがそばを通ってよく聞き取れず「ん?」と聞き返すと、彼は眉を(ひそ)めたまま距離を詰め、私の腕を掴んだ。

 いつもニコニコしているから、怒っている顔を見るのは初めてだ。

「明菜さんを繋ぎ止めるには、もう仕事で関わる以外ないのかな?」

「どういう意味?」

「もう知らん。使える職権は全部濫用(らんよう)したる」

「なに言ってるの?」

 なんだかちょっと関西訛りになったような。そういえば、彼は京都出身なのだった。

「シャトー・ジャルダンのマネージャーとして、うちのホテルの印刷系資材、全部森川印刷に依頼する」

「はぁっ!?」
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