ベリーズカフェ15周年記念オリジナル短編『幸せのバタートースト』坂井志緒/著
 想像の斜め上をいく返答に度肝を抜かれ、つい大きな声を出してしまった。

「明菜さんの会社は俺が安定させるから、これからも明菜さんに構わせて」

 ショッパー、ペーパーナプキン、コースター、リーフレット……などなど。我が社も契約しているホテルがあるから、ホテルの印刷資材になにがあるかはおおむね承知している。仕事をもらえるのはありがたいし、シャトー・ジャルダンレベルのホテルなら、年間で億単位の売上になる。でも。

「バッカじゃないの!? うちの規模で全部は無理に決まってるでしょ!」

「だったら会社の規模広げて。必要なら俺が出資する」

「あなた、自分でなに言ってるかわかってる?」

 公私混同で職権濫用。当然だが、本気なら今契約している業者にもホテル内の担当者にも迷惑がかかる。経営者としてあるまじき発言だ。

「アホなこと言ってるってわかってる。仕方ないだろ。他にどうしていいかわからない。俺だって、こんなに必死になるのは初めてなんだよ……!」

 彼は切羽詰まった声で言い募り、私の腕を掴んでいた手で自らの顔を覆った。

 往来のある歩道で立ち止まって言い合っている私たちは、行き交う人々の視線を集めている。一流のホテルマンである彼が、冷静さやスマートさをかなぐり捨てて、勢いだけで私にぶつかってきている。こんな人前で、なりふり構わず感情を露わにしている。

 それは紛れもなく、彼の〝素〟である気がした。

「だからって、会社を巻き込まないで」

 彼の手首にそっと触れ、(たしな)めるように彼の目を見る。彼の瞳は、私を捕えるなり不安げに揺れた。

「だってもう、それ以外明菜さんを振り向かせる方法、思いつかない……」

 御園さんって、こんな顔もするんだ。まんまと引っかかっているだけかもしれないけれど、私には目の前にいるのが、手慣れたプレイボーイなんかではなく、恋に悩むひとりの青年のように見えてならない。

「バカね。自分をアピールしたいんだったら、まずは御園さん自身のことを教えてよ。なにが好きとか、嫌いとか。趣味とか、特技とか」

 肩書きとかキャラとかではなく、本当の彼のこと。

「そんなことでいいの?」

「そんなことが、いちばん大事なの!」
< 18 / 25 >

この作品をシェア

pagetop