ベリーズカフェ15周年記念オリジナル短編『幸せのバタートースト』坂井志緒/著
 人通りの増えてきた歩道を、私たちはゆっくりと歩きはじめた。日がずいぶん傾いてきたようで、西の空がほんのりと染まってきている。

「まずはビジネス抜きの自己紹介ね。私は森川明菜、三十三歳です。好きなものはネイルと、ボスケのバタートースト」

「ボスケ限定?」

「うん。もうとにかくあの食パンが美味しくて。はい次、御園さんの番」

「名前は御園司。もうすぐ二十九歳。好きなものは、明菜さん」

「そういうのはまだいいから」

「だって本当だし」

 ライトに告白されてしまったが、これはツッコミ狙いの冗談とみなし、無効とする。

「じゃあ、次は趣味ね。私は……ネイルのデザインを考えることかな」

「それ、もはや仕事じゃん。ビジネス抜きの自己紹介でしょ?」

「そっか。じゃあ……少女漫画を読むこと。電子書籍は置き場に困らないから、ついたくさん買い込んじゃうんだ」

「へぇ、意外だね。俺の趣味は……うーん、夜中のドライブかな。なにも考えたくない時、意味もなく首都高を走ってる」

 信号が青になり、横断歩道を渡る。すぐ右の路地に入って少し歩いたらボスケだ。

「次は特技ね。私、小さい頃から長くバレエをやってたから、体が柔らかいの。今でも一八〇度開脚できるのが、小さな自慢」

「おお〜、すごいね。俺の特技は……ピアノかな。中学の時、コンクールで金賞をもらったこともある」

「え、すごい! ピアノは私もやってたけど、中学入る時に辞めちゃった」

 京都弁の美少年がコンクールでピアノを奏でる様子を妄想して、口元が緩む。少女漫画脳な私の悪癖(あくへき)が、つい出てしまった。

「スポーツはテニスやってたけど、そっちは府大会一回戦負けが最高」

「あはは、府大会に進めただけですごいよ」

「そう言ってもらえると、救われるわ」

 いつの間にか言葉の端々に京都訛りが混じることが増えていた。彼は基本的には東京の言葉で話すけれど、素を出すと訛りやすいようだ。

「ところで……夜中のドライブには、希望すれば私も連れてってもらえるの?」

「もちろん。明菜さんなら、いつでも喜んで」

「ピアノは? いつか聴かせてくれる?」

「うん。あ、でもしばらく弾いてないから、ちょっと練習させて」

 路地に入り、ボスケの看板が見えてきた。朝から昼までの営業のため、当然店は閉まっている。ここからうちの会社まで、もう少しだ。お別れの時間が近い。

「……もう、本当にバカね」

「え?」
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