ベリーズカフェ15周年記念オリジナル短編『幸せのバタートースト』坂井志緒/著
 立ち止まり、小さくため息をつく。彼は数歩先へ歩いて、こちらを振り向いた。

「ここは『今すぐ車を取りに行って、ドライブしよう』とか、『ピアノを聴かせてあげるから、今から(うち)に来ない?』って、誘ってくれたらいいのよ」

 思い切って口に出したつもりだったけれど、語尾の声が小さくなったし、震えた。心臓がバクバク鳴っている。彼の顔が見られない。

 コツ、コツ。

 革靴の足音が近づいてくる。

 ああ、ちょっと待って。私今、絶対に顔が赤い。

「明菜さん……いいの? 本当に誘うよ?」

「そんなの、いちいち聞かないで」

「勘違いしたくない。明菜さんにもその気があるってことでいい?」

「もう! せっかくそれっぽい口実作ったのに、台無し」

「口実じゃ嫌だ。ちゃんと確信したい」

 彼は熱を帯びた私の頬に両手を添え、視線を上げさせた。さっき不安に揺れていた瞳が、まっすぐに私を見つめている。

「……私から言わなきゃ、ダメ?」

 勇気を出してきっかけを作ったのは私だ。最後の一歩は、彼に踏み出してもらいたい。

 彼はハッと目を見開いて、いつかみたいにぎゅっとではなく、そっと私を抱きしめた。

「この間の宿題。明菜さんの好きなとこ、ちゃんと伝えたいから……今から俺の家に来ない?」
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