ベリーズカフェ15周年記念オリジナル短編『幸せのバタートースト』坂井志緒/著
 落ち込んだ久美ちゃんを励ますため、退勤後、少しいいところで食事をした。美味しいイタリアンを食べながら、彼女は二回、涙を流した。

「ごちそうさまでした」

 久美ちゃんは笑顔で帰ったけれど、帰宅したらまた泣くのだろう。それを慰めるのは、彼女と一緒に暮らしている恋人の役目だ。

「もらい泣きしなかっただけ偉かったぞ、私」

 自分で自分を励まし、自宅へ向けて歩き出す。五センチヒールの音が小気味よく鳴る。足は窮屈だけれど、仕事の時はこういう靴の方が、気が引き締まるから好きだ。

 私は今でこそ強い女のように振る舞っているけれど、もともとは甘ったれの末っ子だ。かわいくてふわふわしたものが好きで、少女漫画や恋愛小説を好んで読む。会社ではサバサバしていると言われるけれど、社長として仕事をするのに必要だからそうしているだけで、実際の性格は典型的な面倒くさい女――ネガティブ思考で被害妄想を抱きがちな女だと思う。

 今みたいな濃いメイクや派手めのファッションで自分を飾るようになったのは、会社を継ぐことを決めてからだ。揺らがない意志があること。商売(ビジネス)の世界で生き抜く強さがあること。それを全身で表現しないと、社員や取引先を不安にさせてしまう。

 ただし、外見を取り繕ったところで中身は変わらない。私だって帰宅した途端に悔し泣きするに決まっている。けれど私はひとり暮らしだし、残念ながら慰めてくれる恋人などいない。

 信号待ちのため足を止めた。行き交う車を眺めながら、ため息をつく。

「まだ帰りたくないな……」

「じゃあ、僕と飲みにいきませんか?」

「ぎゃあ!」

 ひとり言に返事が来て、思わず悲鳴をあげた。条件反射で声がした方を見る。そこには、苦笑いを浮かべる御園さんが立っていた。

「そんなに驚かなくても」

 彼はそう言うが、この状況で驚くなという方が無理だ。

「御園さん……、こんなところでなにしてるんですか?」

 人通りの多い地下鉄の駅前は、どうにも彼に不似合いな気がする。それにしても、もう夜だというのに、朝会った時と変わらぬ爽やかさ。疲れなど微塵も見えない。
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