ベリーズカフェ15周年記念オリジナル短編『幸せのバタートースト』坂井志緒/著
「わかりますか? 僕が気に入って、仕入れてもらっている銘柄なんです」

 マネージャーって、そんなこともやるんだ。まあ、私だって気に入った紙や素材を仕入れることがあるし、それと同じか。なんて考えながら、シャンパンをもうひと口。

「それで、さっき泣いていた理由は?」

 彼がそれとなく尋ねつつ、私のグラスにシャンパンを足す。嫌なことを思い出し、口の中がちょっと苦くなる。

「つまらないことですよ。仕事が……うまくいかないだけ」

「3step Nailsは、ヒットしていると耳にしましたが」

「今は、ね。あなたも経営者サイドだから、わかるでしょう?」

「なるほど。次の施策が……ということですね」

 久美ちゃんとの食事で少し飲んでいたこともあって、私はすでにちょっと酔っているのかもしれない。私にもっと人脈や力があれば……と、ウジウジ本音を漏らしてしまった。

「ごめんなさい。つまんないこと愚痴っちゃった」

 しかも、途中からずっとタメ口だった。いくら彼が聞き上手だからって、気を抜きすぎだ。

「どうして謝るの? 俺が聞きたいって言ったのに」

 いつの間にか彼までタメ口になっている。いや、それは全然問題ないのだけど。

 喋り方が変わると、心理的な距離も変わる。物理的な距離を詰められているこの状態で心の距離まで詰められると、冷静でいられる自信がない。ただでさえお酒が入っているのに。

「あー、もう! あなた、いつもこうやって女の子を口説いてるの?」

 照れが顔に出てしまう前に、雰囲気を壊す。このまま湿っぽくしていたらダメだと、本能的に悟った。

「まさか。会社経営の愚痴なんて聞かせてくれる女性、他にいないし」

「でも、あなたからはすごく女の子のにおいがする」

「否定はできない。俺、こう見えてそこそこモテるんだ」

「いやいや、ちゃんとそう見えてるから」

 私のツッコミに「あはは」と笑った顔が、いつもと違って子供っぽい。ホテルマンモードの彼とのギャップに、胸がキュンと締めつけられた。

 うっかり毒牙(どくが)にかかりそうになっただけで、かわいいとか思ってないし。別に。

 グラスのシャンパンをぐっと飲み干す。早くボトルを飲み切って彼から離れないと、よくないことが起きそうな気がする。

「で? 今は何人彼女いるの?」

「ゼロ」

「嘘だ。あ、わかった。付き合ってはいないけど〜っていうパターンだ」

「そういう人も、今はゼロ」

「そこそこモテるのに?」
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