ベリーズカフェ15周年記念オリジナル短編『幸せのバタートースト』坂井志緒/著
「そこそこモテたって、本当に欲しいひとりに好かれないと意味ないよ」
彼が空いた私のグラスに、ふたたび慣れた手つきでシャンパンを注ぐ。シャンパンクーラーからボトルを取り出す角度。クロスで水滴を拭くタイミング。立場はマネージャーだけれど、それなりに現場の仕事もこなしてきたことが窺える。
「ふーん。御園さんにも、欲しいひとりがいるんだ」
呟くように尋ねると、彼はボトルをクーラーに戻し、呆れたような顔で私を見た。
「明菜さん、俺の言ってること、話半分にしか聞いてないよね」
「え? 聞いてるよ?」
「でも、半分は冗談だと思ってるでしょ」
「それは……そうかも」
だってなんだか、ふわふわしたことばかり言うんだもん。プレイボーイの戯言だと流すのは、当然の流れでは?
私が首をかしげると、彼は一度ふんと鼻で息をつき、やけにまじめな顔で告げた。
「じゃあはっきり言うけど、明菜さんだから」
「私? なにが?」
「俺が欲しい人。明菜さんだから」
言われたことを理解するまでに、数秒かかった。どうやら私は、冗談ではなく、本当に口説かれていたらしい。偶然ボスケで再会して以来、なぜだか気に入られてしまったなとは思っていたけれど、本当に女として見られているとは思ってもみなかった。
「え、なんで? 私のどこがいいの?」
心の底から湧き出た疑問が、思わず口から出ていった。だって私は彼より五つも年上で、素直さもなければかわいげもない。彼の周りにはもっと素敵な子がたくさんいるはずだ。
「それ、言語化した方がいい?」
「信じられないから、納得するために一応聞いておきたいなって。ほら、〝なぜ〟を言語化できない商談って成立しないじゃない?」
「参ったな。この状況を商談に例えられるとは思わなかった」
彼は困ったようにそう言って、シャンパンを口に含んだ。自分でもわかっている。こういうところがかわいくないのだと。
でも、商談なんていうワードでも出して照れを中和しないと、私のような恋愛慣れしていないチョロい女は、さっくりと雰囲気に呑まれて彼に心を持って行かれてしまう。
彼は危険だ。だって、誰がどう見たってカッコいい。
現に私は、今すでに、心臓がドキドキしてる。
「あ……あの、やっぱり言語化なんてしなくて」
いい、と言おうとした瞬間、彼は手のひらをこちらに向け、言葉を止めた。
「待って。宿題にさせて」
「へ?」
「ちゃんと言語化する時間ちょうだい。この商談、成立させたいから」
優しく笑って告げられた言葉に、胸がぎゅうっとなる。ちゃんと考えてくれるんだ。
「でも、そこまで真剣に考えられると恥ずかしいんだけど」
「いいじゃん。考えさせてよ。明菜さんの好きなとこ考えるの、俺は楽しいからさ」
彼の口からは女心をくすぐる言葉がポンポン出てくる。プレイボーイ、やはり恐るべし。
彼の言葉を素直に受け入れられたら、どんなに幸せな気分に浸れただろう。
会社を継いですぐの頃、忙しくしている間に恋人に浮気された経験がある私には、それができない。五年前、ただでさえ新米社長だったのに、メンタルがボロボロになってまともに社長業をこなせず、社員たちに迷惑をかけてしまったトラウマは、今でも消えていない。
「もう、からかってるでしょ」
「俺はずっと本気だよ?」
「信じられない。でも、ちょっと気分いい」
彼のうさんくさい言葉は、沈んでいた心に気持ちよく沁みる。
「ちょっとだけかぁ。俺もまだまだだな」
彼は笑いながら、自分と私のグラスにシャンパンを注いだ。
恋人が欲しい。ゆくゆくは結婚したい。そう思っているのに、いざ素敵な人に好意を向けられても、会社のことや過去の恋愛がチラついて素直に飛び込めない。
私は今、数年ぶりにドキドキして、自分がこじらせていることを再認識したのだった。
彼が空いた私のグラスに、ふたたび慣れた手つきでシャンパンを注ぐ。シャンパンクーラーからボトルを取り出す角度。クロスで水滴を拭くタイミング。立場はマネージャーだけれど、それなりに現場の仕事もこなしてきたことが窺える。
「ふーん。御園さんにも、欲しいひとりがいるんだ」
呟くように尋ねると、彼はボトルをクーラーに戻し、呆れたような顔で私を見た。
「明菜さん、俺の言ってること、話半分にしか聞いてないよね」
「え? 聞いてるよ?」
「でも、半分は冗談だと思ってるでしょ」
「それは……そうかも」
だってなんだか、ふわふわしたことばかり言うんだもん。プレイボーイの戯言だと流すのは、当然の流れでは?
私が首をかしげると、彼は一度ふんと鼻で息をつき、やけにまじめな顔で告げた。
「じゃあはっきり言うけど、明菜さんだから」
「私? なにが?」
「俺が欲しい人。明菜さんだから」
言われたことを理解するまでに、数秒かかった。どうやら私は、冗談ではなく、本当に口説かれていたらしい。偶然ボスケで再会して以来、なぜだか気に入られてしまったなとは思っていたけれど、本当に女として見られているとは思ってもみなかった。
「え、なんで? 私のどこがいいの?」
心の底から湧き出た疑問が、思わず口から出ていった。だって私は彼より五つも年上で、素直さもなければかわいげもない。彼の周りにはもっと素敵な子がたくさんいるはずだ。
「それ、言語化した方がいい?」
「信じられないから、納得するために一応聞いておきたいなって。ほら、〝なぜ〟を言語化できない商談って成立しないじゃない?」
「参ったな。この状況を商談に例えられるとは思わなかった」
彼は困ったようにそう言って、シャンパンを口に含んだ。自分でもわかっている。こういうところがかわいくないのだと。
でも、商談なんていうワードでも出して照れを中和しないと、私のような恋愛慣れしていないチョロい女は、さっくりと雰囲気に呑まれて彼に心を持って行かれてしまう。
彼は危険だ。だって、誰がどう見たってカッコいい。
現に私は、今すでに、心臓がドキドキしてる。
「あ……あの、やっぱり言語化なんてしなくて」
いい、と言おうとした瞬間、彼は手のひらをこちらに向け、言葉を止めた。
「待って。宿題にさせて」
「へ?」
「ちゃんと言語化する時間ちょうだい。この商談、成立させたいから」
優しく笑って告げられた言葉に、胸がぎゅうっとなる。ちゃんと考えてくれるんだ。
「でも、そこまで真剣に考えられると恥ずかしいんだけど」
「いいじゃん。考えさせてよ。明菜さんの好きなとこ考えるの、俺は楽しいからさ」
彼の口からは女心をくすぐる言葉がポンポン出てくる。プレイボーイ、やはり恐るべし。
彼の言葉を素直に受け入れられたら、どんなに幸せな気分に浸れただろう。
会社を継いですぐの頃、忙しくしている間に恋人に浮気された経験がある私には、それができない。五年前、ただでさえ新米社長だったのに、メンタルがボロボロになってまともに社長業をこなせず、社員たちに迷惑をかけてしまったトラウマは、今でも消えていない。
「もう、からかってるでしょ」
「俺はずっと本気だよ?」
「信じられない。でも、ちょっと気分いい」
彼のうさんくさい言葉は、沈んでいた心に気持ちよく沁みる。
「ちょっとだけかぁ。俺もまだまだだな」
彼は笑いながら、自分と私のグラスにシャンパンを注いだ。
恋人が欲しい。ゆくゆくは結婚したい。そう思っているのに、いざ素敵な人に好意を向けられても、会社のことや過去の恋愛がチラついて素直に飛び込めない。
私は今、数年ぶりにドキドキして、自分がこじらせていることを再認識したのだった。