一か月だけの契約妻のはずが、恋愛経験ゼロの私を社長が溺愛してきます
「はい」
 私はもう一口飲んだ。
 口の中に広がる苦みと香りをゆっくり味わう。
「すごくおいしいです」
「外で飲むと、なんとなくうまく感じるんだよ」
「本当ですね」
 焚き火のぱちぱちという音を聞きながら、私はコーヒーを味わった。
 目の前には湊さんがいて、その足元にはサンちゃんがいる。
 ついさっきまで食事をしていた場所も、今は少しずつ夜の景色に変わり始めていた。
 空を見上げれば、昼間とは違う色が広がっている。
 こんなふうに、何も急がず、ただ誰かと一緒に時間を過ごすこと。
 それが、こんなにも穏やかなものだなんて、私は知らなかった。
 こんなふうに外でゆっくりコーヒーを飲むことなんて、今までなかった。
 キャンプなんて、自分には縁のないものだと思っていた。
 虫も苦手だし、わざわざ外で寝るなんて、私には向いていない。
 そう思っていたはずなのに。
 それなのに――。
 今は、こんな時間が心地よくて仕方がなかった。
 湊さんが用意してくれたテントも、焚き火も、こうして外で飲むコーヒーも。
 どれも、今までの私なら選ばなかったものばかりだ。
 けれど、こうして体験してみると、思っていたよりずっと楽しい。
 そして何より――。
 隣に湊さんがいることが、当たり前のように感じられていた。
 そんな自分に気づいて、私は小さく息を吐いた。
 以前の私なら、きっとこんなふうに思わなかった。
 結婚相手として一緒に暮らしている。
 ただ、それだけの関係だと思っていた。
 けれど今は、こうして一緒に過ごす時間そのものが、少しずつ私の中で特別なものになり始めている。
 そのことを、私はまだうまく言葉にできなかった。
 ただ、心地いい。
 それだけは、確かだった。
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