一か月だけの契約妻のはずが、恋愛経験ゼロの私を社長が溺愛してきます
 ――この人の隣で、笑っていたい。

 それから一週間は、引っ越しの準備で慌ただしく過ぎていった。
 もともと一人で暮らしていたマンションの荷物を整理して、必要なものを湊さんの家へ運ぶ。
 家具の搬出まで終わってしまえば、あとは意外なほどあっさりしていた。
 私にとっては長く暮らした部屋ではあったけれど、湊さんと出会う前の生活が詰まっているだけだ。
 思い出に浸るほどの感傷もなく、部屋を空にして、鍵を返した。
 それよりも私の中で大きかったのは、湊さんの家での変化だった。
 この一ヶ月、私が使っていた部屋。
 そこにはまだ、私の荷物がいくつか残っている。
 けれど、もうそこを寝室として使うことはない。
 ベッドも、家具も、そのままだ。
 ただ、そのベッドで眠る人がいなくなった。
 私が眠る場所は、もう別にある。
 湊さんと一緒の寝室。
 最初は、同じ部屋で眠ることにだって緊張していた。
 ましてや、同じベッドで眠る日が来るなんて、一ヶ月前の私なら考えもしなかった。
 それなのに今では、夜になれば自然と湊さんの隣に行く。
 朝、目を覚ませば、すぐそばに彼がいる。
 そんな生活が、少しずつ当たり前になり始めていた。
「この部屋、どうする?」
 ある夜、荷物の整理をしながら、私は部屋を見回した。
「そのままでいいんじゃない?」
 湊さんが答える。
「来客があったときに使えるし」
「そうだね」
 私も頷いた。
 だから、この部屋がなくなるわけではない。
 ただ――私の「自分の部屋」ではなくなる。
< 161 / 187 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop