一か月だけの契約妻のはずが、恋愛経験ゼロの私を社長が溺愛してきます
 玉ねぎを切り、じゃがいもとにんじんを切る。
 鍋に肉を入れて炒め、野菜を加えていく。
 包丁を動かしているうちに、さっきまで感じていた緊張も少しずつ薄れていった。
 料理をしていると、不思議と落ち着く。
 何を作ろうかと考えて、材料を切って、鍋に入れて。
 いつもの生活と同じことをしているだけなのに。
 ここは、いつもの私の家ではない。
 そして、今日作る夕飯を食べる相手も、いつもとは違う。
 そんなことを考えると、やっぱり少しだけ不思議な気持ちになった。
 私は鍋の中を覗き込む。
 こうしていると、なんだか本当に――。
「……なんか、変な感じ」
 小さく呟きながら、鍋に水を加える。
 いつもなら一人分しか作らない夕飯を、今日は二人分作っている。
 しかも、その相手は――湊さんだ。
 ほんの少し前まで、名前を呼ぶことさえ緊張していた人。
 その人のために、今こうして夕飯を作っている。
 期間限定の夫婦。
 頭ではそうわかっている。
 なのに、こうして鍋をかき混ぜていると、まるで本当に誰かと暮らしているみたいだった。
 私はその考えに気づくと、慌てて首を振った。
 何を考えているんだろう。
 これは一か月だけのこと。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 そう思いながら、私は鍋を火にかけた。
 しばらく煮込んでからルウを入れると、たちまちカレーの匂いがキッチンいっぱいに広がった。
 ふわりと漂ってくる、 いつものカレーの香り。
 いつもの家でも何度も嗅いできた匂いなのに、今日は少しだけ特別に感じられた。
「うん。これなら大丈夫そう」
 味見をしてみる。
< 57 / 187 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop