一か月だけの契約妻のはずが、恋愛経験ゼロの私を社長が溺愛してきます
  いくつも連なる山の中に、ひときわ目立つ、尖った山があった。
 「……あの、ピラミッドみたいな山?」
 「そう。それが甲斐駒ヶ岳」
 「甲斐駒ヶ岳……」
 「俺、あそこ登ったんだ。夏に」
 「えっ。あの山に?」
  私は改めて山を見上げた。
  こうして遠くから眺めているだけでも、その大きさに圧倒される。
 「一泊二日で?」
 「そう。たつさんと、あと二人、山仲間と一緒に」
 「……たっちゃんと?」
  思わず聞き返した。
 「うん」
  湊さんが不思議そうに私を見る。
 「たっちゃんも山に登るのは知ってるんです。昔から好きみたいで」
 「そうだね」
 「でも……たっちゃんが、湊さんと一緒に甲斐駒ヶ岳に登ったなんて知らなかった」
  たっちゃんは、山の話をほとんどしない。
  私が以前、「どんな山に登ってるの?」と聞いたことがある。
  そのとき返ってきたのは、
 『山のこと知らん奴に説明するん、めんどくさいねん』
  という、いかにもたっちゃんらしい答えだった。
  だから、私はたっちゃんがどんな山に登っているのか、詳しくは知らない。
  まさか湊さんと一緒に、こんな大きな山に登っていたなんて。
 「たつさんは彩乃に山の話、あんまりしないんだ?」
 「そうなんです。私には全然話してくれませんよ」
  思わず苦笑すると、湊さんも笑った。
 「俺には結構するけどな」
 「えっ?」
 「山の話になると、急に饒舌になるよ」
 「山に詳しいですもんね……ずるい」
  思わず口からこぼれた。
< 75 / 187 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop