一か月だけの契約妻のはずが、恋愛経験ゼロの私を社長が溺愛してきます

 湊さんがため息をつく。
「俺のことより、彩乃のほうが好きになったら困る」
 けれど湊さんは、なぜか嬉しそうに笑ってサンちゃんの頭を撫でる。
 その横顔を見ながら、私はまた小さく笑った。
 そんなふうに笑い合っていると、いつの間にか時間が過ぎていた。
 最初は少し緊張していたはずなのに、今はそのことさえ忘れている。
 こうして誰かと一緒に景色を見たり、くだらないことを言って笑ったりするのが、こんなに楽しいなんて知らなかった。
 帰りの車の中では、行きよりも会話が少なかった。
 一日歩き回ったせいか、心地よい疲労が身体に残っている。後部座席で窓の外を眺めているうちに、いつしか瞼が重くなって……。
 私は湊さんと並んで歩いていた。
 隣にはサンちゃんがいる。
「あれ……?」
 ふと立ち止まりそうになって、首を傾げた。
 私たち、どこに行くんだっけ?
 そんなことを考えながら歩いていると、前からベビーカーを押した人がやってきた。
 中では、小さな赤ちゃんが気持ちよさそうに眠っている。
 私はなんとなくその赤ちゃんを眺め、それから隣にいる湊さんを見た。
 湊さんも私を見ていた。
 目が合う。
 なぜだろう。
 私たちは、どちらからともなく微笑んだ。
 そして――。
 湊さんの顔が近づいてきた。
 唇が、そっと重なる。
 ――ぱちっ。
 目が覚めた。
「……え?」
 私は慌てて目を開けた。
 見慣れない景色が、車の窓の向こうを流れている。
 そうだ。
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