一か月だけの契約妻のはずが、恋愛経験ゼロの私を社長が溺愛してきます
 「何が?」
 「さっきのことです。私なら、一人で帰れましたし……」
 湊さんは少し笑った。
 「いや。助かったよ」
 「……助かった?」
 「うん」
 少しだけ疲れたように息を吐く。
 「ああいう人たち、仕事では付き合いがあるから無下にはできないんだけど、プライベートまで関わるのは正直ちょっと疲れるんだよな」
 「そうなんですね……」
 「だから、彩乃さんがいてくれて助かった」
  その言葉に、胸が小さく跳ねた。
 「彩乃さんが奥さんで、本当によかったよ」
 「……」
  胸の奥が、ふわっと熱くなる。
  私が奥さんで、よかった。
  そう言ってもらえた。
  それだけで、どうしようもなく嬉しい。
  さっきまで胸の中にあった嫌なざわつきまで、すっと消えていくようだった。
  ……なのに。
  ふと、別の考えが浮かんだ。
  よく考えてみれば。
  それって――。
  私だから、じゃなくて。
  奥さん役がいると便利だった、ってこと?
 「……」
  きっと、そういうことだ。
  湊さんにとって私は、恋愛対象なんかじゃない。
  一か月の間だけ妻になった人。
  それだけ。
  そう考えれば、さっきの言葉も、背中に添えられた手も、すべて納得できる。
  仕事の付き合いがある女性たちを断るために、妻が必要だった。
  たまたま今、その役をしているのが私だった。
  それだけのことだ。
  なのに。
  どうして、こんなに胸が苦しいんだろう。
  一か月しか一緒にいられない。
  だから、本気になっちゃいけない。
  絶対に。
  ダメなのに――。
  どうして私は、こんなにこの人のことが気になってしまうんだろう。

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