氷の君に、恋の歌を。

第一章

春の朝は、少しだけ風が冷たい。
新しい制服の袖をそっと握りしめながら、森下乃愛は校門の前で小さく息を吐いた。

転校初日。
期待よりも不安のほうが大きいのは、きっとこの胸の奥に、まだ消えない傷があるからだ。

「森下さん。職員室、こちらですよ」

先生に呼ばれ、乃愛は小さくうなずいた。
長い黒髪が揺れるたび、すれ違う生徒たちの視線が集まる。

可愛い。
きれい。
そんな声には慣れていた。

けれど、乃愛が本当に褒められたかったのは、昔からひとつだけだった。

歌。

その言葉を思い浮かべた瞬間、胸の奥がきゅっと痛む。
もう、あんなふうに人前で歌うことはできない。
そう決めたはずなのに。

職員室で簡単な説明を受け、先生に連れられて教室へ向かう。
廊下の窓から差しこむ光がまぶしくて、乃愛は少しだけ目を細めた。

そのときだった。

向こう側から歩いてくるひとりの男子生徒に、自然と目が留まる。

すらりと高い背。
整いすぎている横顔。
近づきがたいほど静かな空気。

なのに、廊下にいた女子たちはみんな彼を目で追っていた。

「あ、一宮くんだ」
「やっぱりかっこいい……」

小さなざわめきの中でも、彼はまったく表情を変えない。
まるで、周りの熱なんて自分には関係ないとでも言いたげな、冷たい目。
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