氷の君に、恋の歌を。
教室の扉が開くと、一気にたくさんの視線が集まった。

「今日からこのクラスに入る森下乃愛さんです」

簡単な自己紹介を促され、乃愛は黒板の前に立つ。

「森下乃愛です。よろしくお願いします」

それだけ言って頭を下げると、教室のあちこちからかわいいという声が聞こえた。
顔が熱くなり、乃愛は困ったように笑う。

「森下さんの席は、一宮の隣だ」

教室がざわつく。

「え、いいな」
「一宮くんの隣とか強すぎるでしょ」

乃愛は戸惑いながら、窓際の席へ向かった。
隣では蓮斗が教科書を開いたまま、静かに座っている。

「よろしくね」

勇気を出して声をかけると、彼は乃愛を見た。

「……よろしく」

短い。
そっけない。
なのに、不思議と冷たくは感じなかった。

授業が始まっても、乃愛はどこか落ち着かなかった。
隣にいるだけなのに、蓮斗の存在が妙に気になる。

ノートを取る字がきれい。
先生に当てられても答えが完璧。
休み時間になっても、むやみに誰かと騒がない。

完璧。
まさにその言葉がぴったりだった。

昼休みになると、クラスの女子たちが乃愛の席に集まってきた。

「乃愛ちゃんって呼んでいい?」
「転校前はどこにいたの?」
「趣味とかある?」

明るく話しかけてもらえてうれしい。
けれど、次の質問に乃愛の心臓が止まりかけた。

「乃愛ちゃんって、何か部活やってた?」

一瞬、言葉が詰まる。

歌っていた。
ステージにも立っていた。
でも、今はもう言えない。

「えっと……前は少しだけ音楽、かな」

曖昧に笑うと、女子たちはそれ以上深く聞かなかった。
ほっとした、そのとき。

「少しだけじゃないだろ」

静かな声がして、乃愛ははっと顔を上げる。
蓮斗だった。

「朝の歌、聞いた。あれで少しだけは無理がある」

乃愛の頬が一気に熱くなる。
女子たちが興味津々でふたりを見る。

「えっ、乃愛ちゃん歌うまいの?」
「聞きたい!」

「だ、だめ……!」

思ったより強い声が出てしまって、教室がしんと静まった。
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