ぽっちゃりでもいいですか ~私と御曹司のダイエット日記~
「私、ずっとあなた方の言いなりになることしかできない、と思ってました。でも、そうじゃないってわかったんです。選択をすれば環境を変えることができるんだ、って今日知りました。今度の土日に部屋を引っ越して、この家から出ます」
「な、なに馬鹿言ってんのよ。あんた、お金ないじゃない。引っ越し業者にだって頼めないし、家賃だってどうするのよ」
「そこはこれから話しあいをするところで......私、結婚することになりました」
「け」
 そのときの義母と美晴の驚いた顔は鮮明に覚えておこうと思った。
「結婚相手は明日の夕方、この家に挨拶に来るのでいてくださいね。では」
「ま、まだナポリタン残ってるじゃない!」
「家政婦の岡崎さんには私から謝ります。残りはよかったらお二人で食べてください。では」
 私の背後で「きー、なに様のつもり」「誰があんたの食べ残しなんか!」などと声がしていたが、私は聞き流して自分の部屋へ行った。
 リラックスできる部屋着に着替える。まだ心臓がドキドキしていた。
 私だって、これくらい大胆なこと、できるんだわ。
 できないって思い込み過ぎてなにもかも義母たちの言いなりになっていたけど...それじゃいやだ、と思っている自分もしっかりいて、表面に出すことができたんだ......!
 わたしにとっては大きな一歩。
 まあ、これも篠崎さんのところに引っ越すのが前提だったからできたのかもしれないけど。
 お風呂からあがった頃、スマホが鳴った。篠崎さんからだった。
 私たちはそれから一緒に生活するに当たってのルールや、金銭的なこと、生活のこだわり、はずせないこと、習慣にしていること、手が空いてたらやってほしいことなどなど具体的に話しあっていった。
 篠崎さんは社長業をしているせいか、こっちの意をくんでまとめるのが上手い。なので話し合いはごくスムーズにいった。
 ざっくり言うと、生活費や金銭的面倒を篠崎さんが見る代わりに、私には家事とゆうきくんの面倒をみることとなった。家事は家政婦にやらせれば、と随分篠崎さんにすすめられたのだけれど、そこは譲らなかった。あまりにもおんぶにだっこすぎる。そして私のやりたかったことは台所関係をまかせてもらえること。料理は岡崎さんを手伝っていたので少しはできる。自分のための、そして篠崎さんとゆうきくんのための食事。しっかり作ってあげたい。
 そう、私はいきなりすることになった契約結婚なのだけれど、もうわくわくしてきていいるのだ。まず義母や美晴から離れられる。
 さらに、ずっと気にしていた食事量を自分の采配で作ることができる。
 もうこの二点だけでも素晴らしいのだけど、篠崎さんやゆうきくんのお世話をすることだって大変かもしれないけれど、すごく楽しみなのだ。
 電話の終わり際に篠崎さんが言った。
「契約結婚とはいえ奥さんがいる生活って楽しそうだな。期待してるよ。チュッ」
 そこで電話は切れた。まさか...まさか今のチュッて投げキッス......?
 結婚ってそういう面もあるんだった、と今更気づいたどんくさい私だった。

 翌日。朝の支度をして、台所に行くと家政婦の岡崎さんが朝食を配膳していた。
「岡崎さん、昨日はナポリタン残してすみません」
 ぺこりと頭を下げる。
「あらいやだ、芙美お嬢様、そんな気になさらないでください。体調でも悪かったんですか?」
「違うの。私、家を出ることにしたの。だからもうお義母さんや美晴の言いなりにはならない。食事も無理して多く食べないことにしようかと思って。それで作ってくれる岡崎さんにはとっても申し訳ないんだけど......」
 作ってもらった料理を残すなんて。料理した岡崎さんの気持ちを考えると気持ちが揺らぐ。
「何を言ってるんですか。無理やり食べる方が料理には失礼ですよ。いつか芙美お嬢様が自分でそう言われる日を待っていました。これからは野菜なんかでかさましして、うまくこれまでの半分の量で食べれるよう工夫します。気兼ねなく残してください」
「......!ありがとう」
 岡崎さんの申し出にぐっと熱いものがこみあげた。
 私は自分ひとりでこの家の中で戦っていると思っていたけれど、そうではなかったのかもしれない。お父様だって家にいるときは私を一番に構ってくれる。
 自分が太っていること。言いなりに大量の料理をたべること。そんなことが私の視野を狭くして、もっと外側にあるいいことに気づけていなかったのかもしれない。
 朝食のためにテーブルにつくと美晴と義母がサラダを食べていた。
「はい。あんたには山盛りサンドイッチにしてもらったわよ」
 大皿にクラブサンドサンドイッチが盛られている。
 ふう、とため息をついてサンドイッチを二切れ皿に取る。
「私はこれくらいでいいです」
 この後も予想通り義母と美晴は大騒ぎした。信じられない、何様と思ってるのなどと言いまくったけれど私は聞き流した。
「そうそう、それであなたの結婚相手とやらはどこの馬の骨なのかしら」
 愉快そうに義母が言う。
「ブタ美なんかを相手にするんだから、きっと結婚相手がいなくて困っている人よ。よかったじゃない。あんたなんかを相手にする奇特な人がいて。せいぜい貧乏暮らししたらいいわ」
 私が打ちひしがれた貧乏暮らしをしているところを妄想してるのか、美晴の顔にニヤニヤがはりついている。
 やれやれ。人の不幸せをこの人達はどれだけ祈ってるんだろうか。
 私はサンドイッチを食べ終えて言った。
「私の結婚する人はオレンジスマイルの代表取締役です」
「ああ、そう。え?社長ってこと?」
 美晴が目を見張った。そして義母は笑いだした。
「嘘言うんじゃないわ。オレンジスマイルって冷凍食品の老舗のメーカーじゃないの。どうやったらあんたと出会えるって言うのよ」
「幼稚園の園児の伯父だったんです。その子のお父様の代わりにお迎えに来られて知り合いました」
 義母の目に動揺の色が浮かんだ。
「お母様、だ、大丈夫よ。きっとひどいブ男よ」
 美晴が慌てて言う。
「そ、そうね。きっとそうね。ブタ美でいいって言うんだから」
「それはご自分の目で確かめて下さい。彼は夕方ここに来ます。それじゃ」
 サンドイッチ二切れを食べ終えた私は席を立ち、幼稚園に行く身支度を整えた。

 幼稚園に行く前にコンビニに寄った。あまり買い物をしないのでコンビニに入ることは滅多にないのだけど、一直線に冷凍食品の棚へ行く。
 商品を見ると、オレンジのマークのついた商品がいくつもあった。
「なるほど、これが篠崎さんのお仕事なのね」
 昨日の夜、寝る前にスマホで篠崎さんの会社について調べた。大手の食品メーカーで、いろんな商品があるけれど、一番のメインは冷凍食品。その中でも最近のヒットは「働くお母さんが一瞬で夕食作りができる」がうたい文句の「夕食一瞬シリーズ」だ。シウマイや餃子などの冷凍食品の定番だけじゃなく、ラタトゥイユや肉じゃが、魚の煮つけなどなど。なるほど、これはお母さんが助かるやつだ、と私は納得がいった。ビーフシチューもあったので、あの篠崎さんと出会った日、ビーフシチューを研究してたけど、こういうのも関係するのかな、と考えたり。
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