ぽっちゃりでもいいですか ~私と御曹司のダイエット日記~
気をよくしていたら父が病気で入院してしまい、開発部長と代表取締役を兼任することとなった。
どちらの役も十二分に働けば、ゆっくりするゆとりなどない。それでも俺は仕事が好きらしく、苦にならずに毎日へとへとになるまで働いている。
そんなある日、開発部でビーフシチューの味にもっと隠し味を入れたい、というアイデアが出た。レトルトのビーフシチューを扱っているが、もっと他社と差別化させると秋冬の売れ行きが全然違うのではないか。
主婦の忙しい年末年始にはクリスマスシーズンがある。ちょっと気の利いた美味しいビーフシチューを簡単にテーブルに並べられたらどんなに主婦は楽か。
そんな意見があって、俺は会食のない日はビーフシチューが美味しいと言われるビストロやレストランに赴いては味の研究をしていた。もちろんこういうのが得意なスタッフはいるのだが、自分でも探したかった。俺は現場に関わることが好きなのだ。
この店のもなかなかだなと思いながらレストランでビーフシチューを食べていたある日のこと。
随分と耳障りの悪い言葉が聞こえてきた。隣りのテーブルに三人の女性が座っている。その内のふたりはこの店の人気メニューであるビーフシチューの皿を前にしているが、ひとりの女性に自分達のシチューも食べろと盛んに言っている。しかもその女性の事をブタ美と罵った。第三者が聞いても胸糞が悪くなる。なんなんだこのふたりは。無理やり食べさせようとしてるんじゃないか。
食べろと言われた女性はうつむいたままだ。その内、またさんざん罵ってふたりの女性は退席した。残された女性はもくもくとビーフシチューを食べている。
ちょっと待て。ふたりの残したシチューはほとんど手つかずじゃないか。これを目の前の女性は平らげると言うのだろうか。
俺は改めて女性を見た。ふっくらとふくよかな体型をしていた。女性は淡々とシチューを口に運ぶ。
食べきれないなら残せばいい。さっきのふたりはもういないわけだし。しかし、彼女はそうしなかった。一皿目はもう残り少なくなっている。
......好きで食べているのなら、こちらが心配することがないか......。
若干、気になったけれど俺は自分の分のビーフシチューの味を検分を再開した。何か一味、ひっかかる。これがすごく味を引き立てているのはわかるのだが、なんの調味料なのかが思い当たらない。
あれでもない、これでもない......と考えをめぐらす。
すると、思いがけなく隣りから声がした。
「あの、多分このシチューには赤味噌が隠し味に入れられています」
さっきのふくよかな女性だ。
おずおずと言う。俺のぶつぶつ言って成分を考えていたのが聞こえたのだろう。
そうか赤味噌か、それは気づかなかった。彼女は食べたものの味の成分を当てるのが得意だという。羨ましい能力だ。
それから少し彼女と話をした。俺はどうしても心配になり、さっき退席した女性たちに無理やり食べさせられているのでは、ときいてしまった。
彼女は少しためらいを見せたが、彼女たちを悪く言うことはしなかった。
それだけでなく、俺を安心させようとしてにっこり微笑んだ。
胸がぎゅっとなった。ふくよかな身体つき、ほっこりした顔つき、可愛らしい笑顔。
俺は祖母の面影を彼女に見た。
俺は忙しさにかまけて恋愛事は二の次三の次だったが、こんな女性だったらまた会いたい、そう思ってしまった。
しかし隣り合わせただけで連絡先を訊かれたら彼女も警戒するだろう。俺は自分の名刺を渡した。
「その特別な能力を活かしたいと思ったら連絡を下さい。きっとあなたの悪いようにはならないと思います」
彼女は名刺を受け取り、ビーフチュー二人前を食べ終え、そっと帰って行った。
このレストランに来ていればまた会えるかもしれない......。
そう思い、できるだけこの店に足を運ぶようにしたが、全部無駄足に終わった。
彼女とは縁がなかったのだろうか、と思っていた矢先、俺はイタリアンレストランで彼女と再会した。部下の送別会で来ていたら、彼女がいた。しかも同席している男に声高らかに絡まれていた。
男は彼女の容姿を太っているからと言って平気で貶めていた。
俺はカッとなって男に手厳しく叱責した後、彼女を店から連出した。
こんな最低なムードの中に彼女を置いておきたくなかったからだ。あのままだったらまだなんだかんだ言われそうな雰囲気だった。こんな可愛らしい女性をけなす男の神経が全くわからない。お前の目は節穴だ、と言えばよかったか。
店から出てしばらく、彼女と話をした。彼女はあの男の言い分を「我慢して聞き流せばいい」と思っていたようだ。カッとなると言葉にしてしまう俺とは全然違う。
そんな感心をしながら改めて彼女を見ると前回会ったときよりも素敵にドレスアップしていた。黒のワンピースがよく似合っている。そのことをストレートに伝えると、なんと彼女はぽろり、と涙をこぼした。
「ま、町田さん大丈夫か」
俺は慌てた。女性を褒めて調子に乗られたことはあっても、涙を流されたのは初めてだった。なんでもないんです、と彼女は言うが思わずうろたえてしまう。
正直、言い寄ってくる女性はやたらといたので、女性の扱いには慣れているつもりだった。だが、彼女は俺が会ってきた女性達とはっきりと違った。なんとも言えず慎ましやかで、そっと支えたくなるような儚さを合わせ持っていた。
帰りのタクシーの中で後部座席に並んで座り、俺は彼女ともう一度会うためにはどうしたらいいか、考えていた。名刺はもう渡している。彼女の連絡先を訊きたいが、さっきつらい目にあったばかりだ。俺のこともいやらしく感じてしまうかもしれない。
とりあえず実家まで送り、住所はわかった。今日はそっとしておこう。彼女が玄関ドアを開けると、彼女の姉妹らしい女性がまた彼女をブタ美と罵り、何か食べさせようとしている。
俺は、またか、と思い眉間に皺を刻んだ。そんな俺に町田さんは気づいたのかさっと別れを告げてドアを閉めてしまった。
やっぱり無理やりでも連絡先をきいておくんだった。
実家でもひどい目にあってるように見えた。
彼女を守ってやりたい、どうにかしてやりたい、という気持ちがむくむくと湧き上がる。
「詰めが甘いんだよな......」
自分のふがいなさが悔やまれる夜だった。
ところが、すぐに彼女と再会することができた。彼女は甥のゆうきの通う幼稚園の保育士さんだったのだ。
ここまで偶然が揃うと、もう縁があるとしか思えない。
俺は前回の悔いを挽回しようと決意した。ちょっとしたアクシデントで彼女と幼稚園の倉庫で二人きり閉じ込められてしまった。
空腹が嬉しいと言う彼女に俺はたたみかけるように、家族から無理やり食事を食べさせらているのじゃないか、と問い詰めた。
彼女はかわそうとしたが、俺は必死に力になることを伝えた。そして、彼女は本当のことを吐露した。彼女のされていることは食事での虐待だった。俺は食料メーカーを経営ししているだけに、誰でも食事を楽しむ権利がある、と深く思っている。無理やり食べさせられる食事なんて、それは拷問であって食事ではない。
どちらの役も十二分に働けば、ゆっくりするゆとりなどない。それでも俺は仕事が好きらしく、苦にならずに毎日へとへとになるまで働いている。
そんなある日、開発部でビーフシチューの味にもっと隠し味を入れたい、というアイデアが出た。レトルトのビーフシチューを扱っているが、もっと他社と差別化させると秋冬の売れ行きが全然違うのではないか。
主婦の忙しい年末年始にはクリスマスシーズンがある。ちょっと気の利いた美味しいビーフシチューを簡単にテーブルに並べられたらどんなに主婦は楽か。
そんな意見があって、俺は会食のない日はビーフシチューが美味しいと言われるビストロやレストランに赴いては味の研究をしていた。もちろんこういうのが得意なスタッフはいるのだが、自分でも探したかった。俺は現場に関わることが好きなのだ。
この店のもなかなかだなと思いながらレストランでビーフシチューを食べていたある日のこと。
随分と耳障りの悪い言葉が聞こえてきた。隣りのテーブルに三人の女性が座っている。その内のふたりはこの店の人気メニューであるビーフシチューの皿を前にしているが、ひとりの女性に自分達のシチューも食べろと盛んに言っている。しかもその女性の事をブタ美と罵った。第三者が聞いても胸糞が悪くなる。なんなんだこのふたりは。無理やり食べさせようとしてるんじゃないか。
食べろと言われた女性はうつむいたままだ。その内、またさんざん罵ってふたりの女性は退席した。残された女性はもくもくとビーフシチューを食べている。
ちょっと待て。ふたりの残したシチューはほとんど手つかずじゃないか。これを目の前の女性は平らげると言うのだろうか。
俺は改めて女性を見た。ふっくらとふくよかな体型をしていた。女性は淡々とシチューを口に運ぶ。
食べきれないなら残せばいい。さっきのふたりはもういないわけだし。しかし、彼女はそうしなかった。一皿目はもう残り少なくなっている。
......好きで食べているのなら、こちらが心配することがないか......。
若干、気になったけれど俺は自分の分のビーフシチューの味を検分を再開した。何か一味、ひっかかる。これがすごく味を引き立てているのはわかるのだが、なんの調味料なのかが思い当たらない。
あれでもない、これでもない......と考えをめぐらす。
すると、思いがけなく隣りから声がした。
「あの、多分このシチューには赤味噌が隠し味に入れられています」
さっきのふくよかな女性だ。
おずおずと言う。俺のぶつぶつ言って成分を考えていたのが聞こえたのだろう。
そうか赤味噌か、それは気づかなかった。彼女は食べたものの味の成分を当てるのが得意だという。羨ましい能力だ。
それから少し彼女と話をした。俺はどうしても心配になり、さっき退席した女性たちに無理やり食べさせられているのでは、ときいてしまった。
彼女は少しためらいを見せたが、彼女たちを悪く言うことはしなかった。
それだけでなく、俺を安心させようとしてにっこり微笑んだ。
胸がぎゅっとなった。ふくよかな身体つき、ほっこりした顔つき、可愛らしい笑顔。
俺は祖母の面影を彼女に見た。
俺は忙しさにかまけて恋愛事は二の次三の次だったが、こんな女性だったらまた会いたい、そう思ってしまった。
しかし隣り合わせただけで連絡先を訊かれたら彼女も警戒するだろう。俺は自分の名刺を渡した。
「その特別な能力を活かしたいと思ったら連絡を下さい。きっとあなたの悪いようにはならないと思います」
彼女は名刺を受け取り、ビーフチュー二人前を食べ終え、そっと帰って行った。
このレストランに来ていればまた会えるかもしれない......。
そう思い、できるだけこの店に足を運ぶようにしたが、全部無駄足に終わった。
彼女とは縁がなかったのだろうか、と思っていた矢先、俺はイタリアンレストランで彼女と再会した。部下の送別会で来ていたら、彼女がいた。しかも同席している男に声高らかに絡まれていた。
男は彼女の容姿を太っているからと言って平気で貶めていた。
俺はカッとなって男に手厳しく叱責した後、彼女を店から連出した。
こんな最低なムードの中に彼女を置いておきたくなかったからだ。あのままだったらまだなんだかんだ言われそうな雰囲気だった。こんな可愛らしい女性をけなす男の神経が全くわからない。お前の目は節穴だ、と言えばよかったか。
店から出てしばらく、彼女と話をした。彼女はあの男の言い分を「我慢して聞き流せばいい」と思っていたようだ。カッとなると言葉にしてしまう俺とは全然違う。
そんな感心をしながら改めて彼女を見ると前回会ったときよりも素敵にドレスアップしていた。黒のワンピースがよく似合っている。そのことをストレートに伝えると、なんと彼女はぽろり、と涙をこぼした。
「ま、町田さん大丈夫か」
俺は慌てた。女性を褒めて調子に乗られたことはあっても、涙を流されたのは初めてだった。なんでもないんです、と彼女は言うが思わずうろたえてしまう。
正直、言い寄ってくる女性はやたらといたので、女性の扱いには慣れているつもりだった。だが、彼女は俺が会ってきた女性達とはっきりと違った。なんとも言えず慎ましやかで、そっと支えたくなるような儚さを合わせ持っていた。
帰りのタクシーの中で後部座席に並んで座り、俺は彼女ともう一度会うためにはどうしたらいいか、考えていた。名刺はもう渡している。彼女の連絡先を訊きたいが、さっきつらい目にあったばかりだ。俺のこともいやらしく感じてしまうかもしれない。
とりあえず実家まで送り、住所はわかった。今日はそっとしておこう。彼女が玄関ドアを開けると、彼女の姉妹らしい女性がまた彼女をブタ美と罵り、何か食べさせようとしている。
俺は、またか、と思い眉間に皺を刻んだ。そんな俺に町田さんは気づいたのかさっと別れを告げてドアを閉めてしまった。
やっぱり無理やりでも連絡先をきいておくんだった。
実家でもひどい目にあってるように見えた。
彼女を守ってやりたい、どうにかしてやりたい、という気持ちがむくむくと湧き上がる。
「詰めが甘いんだよな......」
自分のふがいなさが悔やまれる夜だった。
ところが、すぐに彼女と再会することができた。彼女は甥のゆうきの通う幼稚園の保育士さんだったのだ。
ここまで偶然が揃うと、もう縁があるとしか思えない。
俺は前回の悔いを挽回しようと決意した。ちょっとしたアクシデントで彼女と幼稚園の倉庫で二人きり閉じ込められてしまった。
空腹が嬉しいと言う彼女に俺はたたみかけるように、家族から無理やり食事を食べさせらているのじゃないか、と問い詰めた。
彼女はかわそうとしたが、俺は必死に力になることを伝えた。そして、彼女は本当のことを吐露した。彼女のされていることは食事での虐待だった。俺は食料メーカーを経営ししているだけに、誰でも食事を楽しむ権利がある、と深く思っている。無理やり食べさせられる食事なんて、それは拷問であって食事ではない。