ぽっちゃりでもいいですか ~私と御曹司のダイエット日記~
まだ少し早いタイミングだったので保育士と園長先生が園舎の掃除をしていた。園児のお母さんたちを巻き込むとちょっと大変なので、このタイミングで報告しよう、と昨日篠崎さんと話し合っておいたのだ。
私たちに気づいた園長先生がこちらにやってくる。
「芙美先生。おはよう。あら、ゆうきくんと一緒だったの?」
私は、ちょっと深呼吸して思い切って言った。
「園長先生、私、このゆうきくんの叔父さんである篠崎誠さんと結婚することになりました」
「え、ええっ!」
さすがの急展開に園長もびっくりしたみたいだ。園長の声が大きかったので他の保育士たちも寄ってくる。木曜日の貴公子が、という声もちらほら聞こえる。
驚きはしたものの、少し冷静さを取り戻した園長は咳払いひとつして言った。
「それはおめでとうございます。素敵な旦那様ね」
「恐縮です。これからも妻をよろしくお願いします」
きっちり頭を下げる篠崎さん。
「え?妻って......えー!」
側に来て大声をあげたのが竹本さんで。気がつけば私達の周りに保育士がずらりと揃ってしまった。
「貴公子と結婚するの?」
「すごーい!」
「こんな展開ありなんて、ずるい......」
皆くちぐちにいろんな事を言っている。隠したっていずれバレただろう。今日のところはこの嵐が過ぎるのを待つしかない。
「芙美先生に彼氏がいるなんて知らなかった......どれくらいのおつきあい、なんですか?」
ひとりの保育士が言って、私は返答に困った。数回会っただけで契約結婚に至ってしまった。どう答えれば。
「ああ、僕たち交際ゼロ日婚なんです」
えええ!篠崎さんが爆弾投下!間違ってないけど、火に油を注ぐんじゃ......!
「わあ、そうなんですね。芙美先生、すごい!」
すごい、あり得ない、などといろんな声があがるが概ね好意的でほっとする。
祝われてばかりじゃいけない、と私はゆうきくんを私たちふたりで預かることも報告した。
「ベビーができた時の予行練習?ぬかりないね、芙美ちゃん」
竹本さんが感心したように言う。いえ、それが条件の契約結婚なんです、とは言えず曖昧に笑うしかなかった。
「ああ、俺、そろそろいかないと。芙美さん、頼む」
「はい。いってらっしゃい」
そう言って篠崎さんはさっそうとどんぐり園を出て行った。私はそれからもあれやこれや聞かれたけれど、丁寧に対応し、なんとか場をくぐり抜けた。
私の手を離れたゆうきくんは早速、園のおもちゃで遊んでいる。園児たちがまだ来ていないのでおもちゃ選び放題なのだ。楽しそう。
私はエプロンを身に着け、園舎の掃除に加わった。
最近の私の変化と言えば。そう、篠崎さんやゆうきくんと暮らすことも大きな変化なのだけれど。ずっとずっと願っていたことが叶ったのだ。
それは、空腹のときに食事ができる、ということ。
今まではあり得ない量を無理やり食べさせられていたので、空腹になる暇がなかった。もうそれに慣れていたので仕方ないと思っていた。
でも、今は違う。自分が食べたい量を食べればいいだけ。
そうすると次の食事の前にはもうお腹がぐう、と鳴っている。
その時の、体の軽さがすごく気持ちがいい。なんでもできそうな気になってくる。
ちょうど園は園児たちのお弁当の時間。保育士たちは交代制になっていて、私は後半。
園児たちの美味しそうなそれぞれの弁当を覗きながら、箸が進まない子に声をかけたり、くっついて食べこぼししないように見守ったりする。
ゆうきくんはしっかりお弁当を食べている。悠矢さんのメモを参照に今朝、私が作ったお弁当だ。ぱくぱく食べているのでお気に召したってことかな、とほっとする。
後半パートの私たちの食事をする時間になった。竹本さんの隣りでお弁当箱を広げる。
「あれ?ふみちゃん、お弁当箱、小さくなったね」
「うん。今までが食べすぎだったから」
実家にいた頃は家政婦の岡崎さんがお弁当を作ってくれていた。ありがたいのだけれど義母の言いつけでぎっしり二段のお重弁当だったのだ。あれはきつかった......。
でも今日からは私の軽めのお弁当でいいのだ。おにぎりと卵焼きとブロッコリー炒めの入った小さなお弁当。お弁当箱も昨日、ブティックに行った帰りに篠崎さんと買ったのだ。篠崎さんは「そんなに小さくていいの?」と驚いてたけれど、私はずっとこうしたかったので大満足。あれ。もう食べ終えてしまった。お腹こそ鳴らないが、まだだいぶ空腹感がある。
いやいや、腹八分目というから、これでいいんだ、きっと。
なんといっても私は、あのワンピースが着れるくらい痩せなくてはいけないわけで。
そう思ったら、ちょっと食事の量を減らすくらいなんでもない。
空腹の向こうに「痩せ」が待っている。私は弁当箱の蓋を閉めて、ごちそうさまとつぶやいた。まだ足りないので他の保育士たちのお弁当が美味しそうに見える。
いやいや、私のお弁当も十分美味しかったでしょ?そう胸の内でつぶやく。それでもお腹がすいた感じはなかなか抜けなかった。
今日は預かり保育の当番ではなかったので事務仕事をした後、十七時にあがれた。
ゆうきくんは偉くて、今日も絵本を読んで待っていた。
「ゆうきくん、帰ろうか」
「うん!」
絵本を棚に一緒に持って行って直す。昨日,食材の買い物もしていたので、今日はスーパーに寄らずに帰れる。園長や他の保育士にも声をかけて園舎を出た。
小さなふわふわした手をしっかり握って篠崎さんのマンションまで歩いて行く。距離が近いのが有難い。夕ご飯、何が食べたい?と聞いたらスパゲティと言われた。
「ふうん。いいね。じゃあミートソーススパゲティにしようか」
悠矢さんのゆうきくんメモ帳の好物にも書いてあったので、材料は揃っている。篠崎さんも今日はできるだけ早く帰ってくる、と言っていたので三人分作らなきゃ。
ゆうきくんは読んでた絵本の話をしてくれて、寝る前にも読んであげるよ、と言ったら絶対だよ!と言われて指切りをした。
ゆうきくんはいろんな事に興味があって、道端の草花や停めてある車やバイクが気になってまっすぐ歩いてくれない。男の子だから仕方ないか、とだいぶつきあったが篠崎さんの帰宅時間も迫ってきて、最後はよーい、ドンで一緒に走った。
五歳児でも一緒に走れば、それなりにしんどい。はあはあ息を切らしてしまった。
ゆうきくんは帰宅後はいつも見ているという夕方の幼児向けテレビ番組に釘付けだったので、その間にミートソースを作った。
できあがった頃にちょうど篠崎さんが帰ってきた。
「おかえりなさい。早かったですね」
「ああ。すごいな。ゆうきもいて、芙美さんもいる。一気にうちが賑やかになった」
私は微笑んでもうすぐご飯ですから、とスパゲティをゆで始めた。
「できました」
盛り付けは篠崎さんに大盛、ゆうきくんはその三分の一、私は四分の一にした。
「芙美先生、少ない」
不思議そうにゆうきくんが言った。
「うん、先生はこれくらいでいいの」
私たちに気づいた園長先生がこちらにやってくる。
「芙美先生。おはよう。あら、ゆうきくんと一緒だったの?」
私は、ちょっと深呼吸して思い切って言った。
「園長先生、私、このゆうきくんの叔父さんである篠崎誠さんと結婚することになりました」
「え、ええっ!」
さすがの急展開に園長もびっくりしたみたいだ。園長の声が大きかったので他の保育士たちも寄ってくる。木曜日の貴公子が、という声もちらほら聞こえる。
驚きはしたものの、少し冷静さを取り戻した園長は咳払いひとつして言った。
「それはおめでとうございます。素敵な旦那様ね」
「恐縮です。これからも妻をよろしくお願いします」
きっちり頭を下げる篠崎さん。
「え?妻って......えー!」
側に来て大声をあげたのが竹本さんで。気がつけば私達の周りに保育士がずらりと揃ってしまった。
「貴公子と結婚するの?」
「すごーい!」
「こんな展開ありなんて、ずるい......」
皆くちぐちにいろんな事を言っている。隠したっていずれバレただろう。今日のところはこの嵐が過ぎるのを待つしかない。
「芙美先生に彼氏がいるなんて知らなかった......どれくらいのおつきあい、なんですか?」
ひとりの保育士が言って、私は返答に困った。数回会っただけで契約結婚に至ってしまった。どう答えれば。
「ああ、僕たち交際ゼロ日婚なんです」
えええ!篠崎さんが爆弾投下!間違ってないけど、火に油を注ぐんじゃ......!
「わあ、そうなんですね。芙美先生、すごい!」
すごい、あり得ない、などといろんな声があがるが概ね好意的でほっとする。
祝われてばかりじゃいけない、と私はゆうきくんを私たちふたりで預かることも報告した。
「ベビーができた時の予行練習?ぬかりないね、芙美ちゃん」
竹本さんが感心したように言う。いえ、それが条件の契約結婚なんです、とは言えず曖昧に笑うしかなかった。
「ああ、俺、そろそろいかないと。芙美さん、頼む」
「はい。いってらっしゃい」
そう言って篠崎さんはさっそうとどんぐり園を出て行った。私はそれからもあれやこれや聞かれたけれど、丁寧に対応し、なんとか場をくぐり抜けた。
私の手を離れたゆうきくんは早速、園のおもちゃで遊んでいる。園児たちがまだ来ていないのでおもちゃ選び放題なのだ。楽しそう。
私はエプロンを身に着け、園舎の掃除に加わった。
最近の私の変化と言えば。そう、篠崎さんやゆうきくんと暮らすことも大きな変化なのだけれど。ずっとずっと願っていたことが叶ったのだ。
それは、空腹のときに食事ができる、ということ。
今まではあり得ない量を無理やり食べさせられていたので、空腹になる暇がなかった。もうそれに慣れていたので仕方ないと思っていた。
でも、今は違う。自分が食べたい量を食べればいいだけ。
そうすると次の食事の前にはもうお腹がぐう、と鳴っている。
その時の、体の軽さがすごく気持ちがいい。なんでもできそうな気になってくる。
ちょうど園は園児たちのお弁当の時間。保育士たちは交代制になっていて、私は後半。
園児たちの美味しそうなそれぞれの弁当を覗きながら、箸が進まない子に声をかけたり、くっついて食べこぼししないように見守ったりする。
ゆうきくんはしっかりお弁当を食べている。悠矢さんのメモを参照に今朝、私が作ったお弁当だ。ぱくぱく食べているのでお気に召したってことかな、とほっとする。
後半パートの私たちの食事をする時間になった。竹本さんの隣りでお弁当箱を広げる。
「あれ?ふみちゃん、お弁当箱、小さくなったね」
「うん。今までが食べすぎだったから」
実家にいた頃は家政婦の岡崎さんがお弁当を作ってくれていた。ありがたいのだけれど義母の言いつけでぎっしり二段のお重弁当だったのだ。あれはきつかった......。
でも今日からは私の軽めのお弁当でいいのだ。おにぎりと卵焼きとブロッコリー炒めの入った小さなお弁当。お弁当箱も昨日、ブティックに行った帰りに篠崎さんと買ったのだ。篠崎さんは「そんなに小さくていいの?」と驚いてたけれど、私はずっとこうしたかったので大満足。あれ。もう食べ終えてしまった。お腹こそ鳴らないが、まだだいぶ空腹感がある。
いやいや、腹八分目というから、これでいいんだ、きっと。
なんといっても私は、あのワンピースが着れるくらい痩せなくてはいけないわけで。
そう思ったら、ちょっと食事の量を減らすくらいなんでもない。
空腹の向こうに「痩せ」が待っている。私は弁当箱の蓋を閉めて、ごちそうさまとつぶやいた。まだ足りないので他の保育士たちのお弁当が美味しそうに見える。
いやいや、私のお弁当も十分美味しかったでしょ?そう胸の内でつぶやく。それでもお腹がすいた感じはなかなか抜けなかった。
今日は預かり保育の当番ではなかったので事務仕事をした後、十七時にあがれた。
ゆうきくんは偉くて、今日も絵本を読んで待っていた。
「ゆうきくん、帰ろうか」
「うん!」
絵本を棚に一緒に持って行って直す。昨日,食材の買い物もしていたので、今日はスーパーに寄らずに帰れる。園長や他の保育士にも声をかけて園舎を出た。
小さなふわふわした手をしっかり握って篠崎さんのマンションまで歩いて行く。距離が近いのが有難い。夕ご飯、何が食べたい?と聞いたらスパゲティと言われた。
「ふうん。いいね。じゃあミートソーススパゲティにしようか」
悠矢さんのゆうきくんメモ帳の好物にも書いてあったので、材料は揃っている。篠崎さんも今日はできるだけ早く帰ってくる、と言っていたので三人分作らなきゃ。
ゆうきくんは読んでた絵本の話をしてくれて、寝る前にも読んであげるよ、と言ったら絶対だよ!と言われて指切りをした。
ゆうきくんはいろんな事に興味があって、道端の草花や停めてある車やバイクが気になってまっすぐ歩いてくれない。男の子だから仕方ないか、とだいぶつきあったが篠崎さんの帰宅時間も迫ってきて、最後はよーい、ドンで一緒に走った。
五歳児でも一緒に走れば、それなりにしんどい。はあはあ息を切らしてしまった。
ゆうきくんは帰宅後はいつも見ているという夕方の幼児向けテレビ番組に釘付けだったので、その間にミートソースを作った。
できあがった頃にちょうど篠崎さんが帰ってきた。
「おかえりなさい。早かったですね」
「ああ。すごいな。ゆうきもいて、芙美さんもいる。一気にうちが賑やかになった」
私は微笑んでもうすぐご飯ですから、とスパゲティをゆで始めた。
「できました」
盛り付けは篠崎さんに大盛、ゆうきくんはその三分の一、私は四分の一にした。
「芙美先生、少ない」
不思議そうにゆうきくんが言った。
「うん、先生はこれくらいでいいの」