ぽっちゃりでもいいですか ~私と御曹司のダイエット日記~
 私は何とか腹八分目というのを身体に覚えさせようとしている。実家にいた頃はいつも胃がもたれていて、頭がぼんやりして「はやく消化しないかな」とずっと思っていた。でも食事を軽くするとそんな思いから遠ざかった。そのことが嬉しくて少量の食事ですましていこうと思う。
「芙美さん、痩せるのはいいけど仕事して、ゆうきの世話もしてるんだ。あまり無理しないで」
 篠崎さんが心配そうに言ってくれる。
「大丈夫です。胃がもたれないのが嬉しくて」
 ならいいけど......と言いながら、篠崎さんはゆうきくんに今日の幼稚園はどうだった?などとおしゃべりを始めた。ゆうきくんはみどりちゃんという年少さんの女の子と同じ絵本の取り合いになったそうだ。
「ゆうき、先にハイ、したよ」
「え、先に譲ってあげたんだ。偉いね」
 ゆうきくんはミートソースをくっつけた口でえへへ、と得意げに笑った。
「そうだな。ゆうきは偉かった。じゃあご褒美に風呂が終わったら叔父さんとゲームしよう」
「わーい、やったあ」
 食事の時間が終わると次はお風呂だ。篠崎さんが一緒に入ってくれる、と言うのでお願いして私は食事の後片付けをやった。
 ひと息つこうかな、と思ったがゆうきくんの連絡帳の記入があったことを思い出す。なるほど、お母さんって休めない。
 そうこうしている内に、早々にお腹がぐう、と鳴った。私にとってお腹がすくのは福音のようなもの。この音の向こうに「痩せ」が待っている、と思うと嬉しくなる。
 篠崎さんがお風呂にゲームにとゆうきくんと遊んでくれるので、私は洗濯物を畳んだり明日の朝食の献立を考えたりした。
 悠矢さんメモにゲームは一時間まで、とあったのでそこで区切るともうゆうきくんは寝る時間だ。
「もっとゲームしたい」
「ダメだ。お父さんと約束したろ、ゲームは一時間まで」
「えー」
 と、さすがに聞き分けがいいと思っていたゆうきくんだが、ゲームは簡単に止めれないらしい。私は言った。
「じゃあ、ふみ先生が絵本を読んであげるよ。約束したもんね」
「うん!」
 ゆうきくんの目がきらっと光った。ゆうきくんは自分で絵本も読むけれど、読んでもらうのも大好きなのだ。
 ゆうきくんは篠崎さんと私がいることに興奮してるのかおしゃべりが止まらず、布団に入らせるまでが大変だったけれど、一旦布団に入り、絵本を読んでいたらなんとか眠ってくれた。男の子の寝かしつけは大変というから、ゆうきくんは楽な方かもしれない。
 お風呂に入る前に私は体重計に乗ってみた。この体重計は篠崎さんのもので、使用許可を得ている。
 あ、今朝よりも二百グラム減ってる。
 ちょっと嬉しいがお腹が鳴っているので、これくらいの結果はほしいものだ。お風呂に入ってゆっくりバスタブに浸かり、今日一日のことを考える。
 義母や美晴と顔を合わせないでいい暮らし。それだけで百八十度、生活が変った気がする。ゆうきくんの世話も楽しいし、篠崎さんも助けてくれた。
「一日目としてはできすぎじゃない?」
 今まであった嫌なことから解放されて、食事も軽くできた。私が目標としているワンピースを着るにはあと十キロ痩せないといけないけない。
 コツコツやるしかないんだわ......と、自分に言い聞かせる。
 お風呂からあがると、リビングで篠崎さんがウィスキーを飲んでいた。私が寝かしつけをしている間に篠崎さんはお風呂を済ませたらしい。
「お風呂、いただきました」
 そう言ってささっと自分の部屋へ向かおうとしたのだけれど。
「芙美さん、少し飲まないか」
 寝酒は太る、と最近読んだダイエットの本に載っていた。
「じゃあ、私は炭酸水で」
 そう言ってリビングのソファに近付いたものの、すっぴんであることに気づく。
「あ、えっとその」
 うん?篠崎さんが不思議そうな顔をする。
「け、化粧をしてないので恥ずかしいです」
 そばかすがばっちり見えてしまう。
「そんなの。朝しっかり見たけど?気にしないで座って」
 あ、そうか朝食やお弁当作りに追われて朝は自分が化粧してなかったことを忘れていた。もうバレていたんなら仕方ない。気を取り直して炭酸水の入ったグラス片手にソファに座った。
「お疲れ様。体はしんどくない?急にいろいろいっぺんに始まったからくたびれただろう」
「いえ......新しいことばかりですけど、楽しいです。明日は何の朝食を作ろうかな、なんて献立を考えるのも楽しいし」
「それならいいが」
 篠崎さんはからん、と氷を鳴らしてウィスキーを飲んだ。
「君がいてくれてよかった。俺だと寝かしつけに倍の時間がかかったんじゃないかな。あと、うっかりゲームも長時間やってしまったりして。よくない癖をつけるところだった」
「悠矢さんのメモのお陰です。こんな時どうしたらいいのかな、っていうことがちゃんと書いてあって。助かります」
「兄貴はもともとマメなんだよ。なんだかんだ言って仕事と育児の両立させてたんだから。兄貴がやれたんなら俺だって、と実は気負ってるところもあったんだ。でも今日みたいに早く帰れることは滅多にないし。だから君がいてくれたら安心だ」
「まだ一日目で緊張してるからうまくいったのかもしれません。ゆうきくんもまだお父さんがいない実感がわいてくるのはこれからでしょうし。なんとかうまくフォローできたらいいんですけど」
「そうだな。ふたりで、できるだけかまってやりたいよな......」
 そう言って篠崎さんは私をじっと見つめた。
 すっぴんをそんなに見つめないで、と恥ずかしくてうつむきたくなる。
「君と子供と三人で暮らす。そういう未来もアリだな、と思ってな」
 え、子供?この流れだと私と......篠崎さんの?
 私は驚いて、そして少し笑ってしまった。
「篠崎さん、三か月で赤ちゃんは産まれませんよ」
「あ、いや。それはそうなんだが」
 私と篠崎さんは契約結婚をしている間柄。そして期間は三か月。延びることがあっても半年。どちらにしても赤ちゃんは作れない。それに赤ちゃんを作る可能性だってないわけで。
「そう、はっきり言われると......」
 篠崎さんはぼそぼそと何かを言った。いつもの篠崎さんらしくない歯切れの悪さ。どうしたんだろう。
「そうだ、その篠崎さん、というのやめないか」
 ちょっと気を取り直して篠崎さんが言った。
「君のことを会社の同僚に紹介することがあるだろうし、パーティなんかにも同伴してほしいんだ。そんな時に篠崎さん、と俺を呼ぶのはちょっと不自然だろう」
「あ、そうですね」
 そうか。篠崎さんは社長なのだ。会食やパーティも多いと聞いている。私も連れられる可能性があるわけか。その心の準備もしておかないと。
「ほら、名前で呼んでみて」
 うっ、いざそう言われると緊張する。慣れてない。顔に熱が集まってくる。
 ほら芙美、なんてことないじゃない。口を開くのよ。
「まっ......誠さん」
 思いつめて言ったので息が苦しくなった。
 動悸が激しい。あれ?なんだか本当にくらっとしてきた。
 え、なんで、あ。
 体を支えきれなくなって私はソファの上に倒れた。
「え。芙美さん?」
 篠崎......いや、誠さんが慌てて私の顔に顔を近付ける。
「どうした。気分が悪い?」
< 16 / 30 >

この作品をシェア

pagetop