ぽっちゃりでもいいですか ~私と御曹司のダイエット日記~
 えっと、これは多分......。
「あの......」
 恥ずかしくて言いにくかったが背に腹は変えられない。私の体はピンチだと言っている。
「すみません......お腹がすいてて......体に力が入らなくて」
 誠さんは呆気に取られた顔をした。
「どうしてそんなことに。いや、食べる方が先だな。ちょっと待ってろ」
 誠さんは私の頭を抱えてそっとソファのクッションの上に乗せて、キッチンへ向かった。
 しばらくするといいお出汁の匂いがしてきた。
「できたよ」
 誠さんが肩をかしてくれて、私はキッチンテーブルの椅子に座らせてもらった。
 目の前に置かれたのは野菜がたっぷり入ったおうどんだった。
「い、いただきます」
 一口食べると、体全体が「食べて!」と言ってるような気分になった。とにかく空腹感がすごくて慌ててしまう。でも熱いので少しずつしか食べれないけれど。とにかく食べだしたらその美味しさに全身が痺れるような衝撃があった。空腹は最高のスパイスというけれど、とんでもない美味しさだ。お出汁とうどんの優しい味が沁みる。
 思い出に残る食事ってこういうものかもしれない。
 半分くらい食べると、やっと気分が落ち着いた。さっきまで感じていためまいもない。
「誠さん......美味しいです」
「よかった。なんだってそんなに食べなかったんだ?」
「ブティックで見たワンピースを着るには私、十キロくらい痩せなくちゃいけないんです。食べないでいたら痩せるかと思って......」
「いくらダイエットと言っても限度がある。体を支えきれないなんて無茶した証拠だ」
 めっ、と睨まれてしまった。
「食べなきゃいい訳じゃなかったんですね。私、空腹が珍しくてつい......やりすぎてしまいました」
 痩せるにしても誠さんに迷惑をかけたら何にもならない。でも、太らずに痩せる程度に食べるってどうしたらいんだろう。
「これはちょっと。俺に任せてくれないか」
 誠さんが神妙な面持ちでそう言った。

「はじめまして。管理栄養士の真下と言います。今回、芙美さんがきちんとしたダイエットをしたい、という要望があるという事でダイエットコーチを引き受けさせてもいました」
 真下さんは長くてストレートの髪の毛を下ろしていて、顔はすんなり卵型。スタイルもよくて腰にしっかりくびれがある。ぱっと見て美人な方で白衣を着ている。
 今日は保育園の仕事はお休みの日でゆうきくんを送りに行った後、カフェで真下さんと待ち合わせすることになっていた。真下さんは私の顔を知っていてすぐ声をかけてくれた。
 それにしてもダイエットコーチか。誠さんが言っていた「俺に任せてくれ」ってこういうことだったんだな。真下さんは誠さんから私のダイエットコーチを頼まれてここに来てくれたのだ。
「芙美さん、今だったら何を食べたいですか?」
「え......」
 なんだろう。誠さんとの食事は、誠さんが食べたくなりそうな献立で作っている。自分のお弁当は痩せたくてブロッコリーと卵焼きとおにぎりが入っただけの小さなお弁当。
 それ以外で自分が食べたいもの、というと思いつかなかった。
「特に、思いつきません」
 この十年、義母と美晴の「食べろ食べろ攻撃」で食べさせられていたので、自分が何を食べたいか、考えるという癖がなかった。
「そうですか。じゃあ目の前にパンケーキがあったら食べたいですか」
「うーん、そうでもない、です。おうどんの方が食べたいかも」
 この間、倒れたときに誠さんが食べさせてくれた野菜入りのおうどんの事を考えていた。
「よかった。シュガーホリックじゃないかもしれないですね。甘いものが大好きな人はやっぱりダイエットって苦しいんです。その点、芙美さんは少し楽かもしれません」
「はあ」
 確かにいつもお腹がいっぱいの事が多かったのでさらにスイーツを食べる、ということはしたことがなかった。竹本さんとお茶する時もケーキなんかは食べなかったし。
「今回、私が芙美さんに提案したいのは野菜スープを使ったダイエットです」
「野菜スープ」
「そう。キャベツにピーマン、人参にセロリ、それとトマト缶をコンソメで煮込んだものです。それを三食、食べてもらいます」
「え、野菜スープばっかり?」
「そうこのスープなら一日に何度食べてもいいんです。間食に食べてもいいくらい。ほとんど水分になりますから。体が軽くなっていくのが実感できると思います」
「そんなに同じものばかり食べれるものでしょうか」
「大丈夫です。毎日、何かプラスする食材があります。一日目はフルーツやベリー類。
二日目はじゃがいもやさつまいも。お肉が食べられる日もありますよ。きちんと栄養は取れるので身体がふらつくこともありません」
「ああ......そうなんですね」
 さすがに野菜スープばかりだと飽きてしまうかもしれないけれど、一日一回他のものを食べられるなら大丈夫かも。
 それにしてもこれを食べたらいい、としっかり決まっているのは助かる。食べるものを迷わなくてすむ。
 真下さんは野菜スープのレシピを紙にプリントアウトしてくれていて、ありがたく頂いた。
「どうでしょう。できそうですか?」
「はい。やってみたいです」
 スープの材料を見てもお腹に軽そうな印象。それもよかった。「食べろ食べろ攻撃」のせせいですっかり重い食事をするのが嫌になっていた。かと言って軽いものばかり食べていてもこの間のように体がふらついてしまうし。そうならない食べ方ができるのなら、やってみたかった。
「芙美さんは保育士さんでしたね。三食野菜スープになるので、お弁当にも野菜スープを容器に入れて持って行くのをおススメします」
「あ、そうか。そうなりますよね」
 なるほど。徹底して三食野菜スープにしなくちゃいけないわけで。
「まず一週間続けてみましょう。来週も火曜日はお休みですか?」
「はい。公休なので」
「ではまたこのカフェでお会いしましょう。そうそう、毎日体重計に乗ると変化があって面白いので、朝一番にトイレに行ったあと、体重計に乗るようにしてください。そして体重をメモしておくこと。簡単な記録アプリもあるので、そういったものを使ってもいいです」
「はあ......」
 朝はお弁当と朝食作りで忙しいけれど、なんとか体重計に乗る習慣をつけよう。
 うん、最初はこの習慣づけが難関かも。
「私、この野菜スープで短期間で十キロ痩せることができたんです」
 真下先生がにこやかに微笑んで言う。
「あ、私も目標は十キロ痩せることです」
「十キロ痩せて具体的にしたいことはありますか?」
「素敵なワンピースを見つけて......着たくなったんです」
「なるほど。目標が具体的なのはいいですよ。できればそのワンピースを写真に撮って自分の部屋に貼っておくといいかも。モチベーションをあげるのに効果的ですよ」
「はい。やってみます」
 それに毎週、チェックしてもらえるのも嬉しい。ちゃんと結果を出して真下さんを喜ばせたい。
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