ぽっちゃりでもいいですか ~私と御曹司のダイエット日記~
 ゆうきくんは何だかんだ結果的にはムードメーカーだったりする。たまにワガママを言うことはあるけれど、大抵ほほえましいことなので、私も誠さんも声を荒げずにすんでいる。この間、弟が欲しいから作って、と言われたときは困ったけれど。
 悠矢さんがいないのを泣く日だってもちろんあって、そんな時はオンラインでニューヨークの悠矢さんとつなげてなんとか泣き止んでもらったり。
 慌ただしいけどあっという間の二か月だった。
 私のダイエットも順調で、二か月で五キロ落とすことができた。真下先生に言われたように野菜スープを主に食べたせいだろう。
 誠さんの食事を作るときに味見をするので、食欲に火がついて食べてしまいそうになったり、ゆうきくんにお菓子を焼いてあげてがっつり食べたくなったり。その都度、野菜スープを口にして他のものを食べてしまわないよう必死でこらえた。
 嵐のようにあれが食べたいこれが食べたい、となることもあったけれど、毎日少しずつ減っていく体重を見ていたらそういうのも吹っ飛ぶ。
 身体が軽い、というのがこんなに嬉しいものなんだ、というのを芯から実感している。
 鏡に映る自分の姿も少し変ったので化粧をする時間も楽しい。誠さんに買ってもらった服も当然ゆるゆるになってきた。痩せたんだな、と実感できる瞬間だ。
 今日も公休日で、ちょうどダイエットコーチの真下さんに会う日だった。
 カフェでストレートティーを飲みながらこの一週間の報告をする。
「うん。順調に減量できてますね。なかなか優秀ですよ。この調子でいけばマイナス10キロに到達できるかもしれないですね」
「本当ですか」
 ぱあっと自分の顔が輝くのがわかる。
 10キロ痩せれればきっとあの細身のピンクのワンピースが着れるだろう。
 想像しただけれでうっとりしてしまう。
 心が透けて見えたのか真下先生が言った。
「おしゃれの幅が広がってますます楽しくなりますよ。ウェディングドレスを着るときなんかすごく感動的になりそうですね。そういえばお式の予定って変わりないですか?」
「お式?」
「やだな、誠さんとの結婚式ですよ。私、来年の春にするって聞いたことがあります」
「え......」
 誠さんと私の間柄は契約結婚。婚姻届けは出したものの、今のところ結婚式をしようという話が出たことはない。誠さんは忙しいし、それどころではない。私も契約結婚なので結婚式がしたい、とは強く思ったことがなかった。
「えっと、まだ具体的に決めてないんです。ゆうきくんのこともあるから忙しくて」
「あれ、そうだったんですか。そんな噂だったけど......噂は噂ですね。ごめんなさい、私の勘違いかもです」
「いえ、そんな。決まったらお知らせしますね」
 真下先生の勘違いであってほしい。胸の鼓動が早くなる。カフェで真下先生と別れてひとりでよく考えてみる。
 契約結婚の話が誠さんから出た時、確かに誠さんは「半年でも一年でも」と言っていた。あれから契約結婚の期間については何の話もない。
 この契約結婚の誠さんのメリットはゆうきくんの世話をしてもらうこと。
 だからゆうきくんが悠矢さんのもとに行ってしまい、私と二人だけの生活になったらなんらかの変化があると思っていいだろう。
 最悪の場合は、ゆうきくんが家を出ると同時に契約結婚終了となる可能性だってある。
 なので、あと一カ月という短い時間のことを思うと胸がぎゅっと苦しくなる。
 私は、誠さんのことが好き。
 それを日々実感している。最初は美しい外見に惹かれているんだと思っていたけれど、ゆうきくんと遊んでいる姿や、私に対する紳士的な振舞いにいつもドキドキする。
 軽いキスは何度かしたけれど、それ以上、仲が進むことはない。
 なので私はキスは「夫婦としての挨拶」のようなものと理解している。
 誠さんも私が好きかも、なんて自分に都合のいい夢を見たら契約結婚終了の時につらくなるだけだ。なるべくそんな夢は見ずに、ただ誠さんと一緒にいられることを大切にしよう、と強く思っている。
 だけど、今日の真下先生の結婚式発言が引っかかる。
 誠さんの性格からして、そんな大事なことを私抜きで決めるとは思えない。
 もしかして...誠さんには結婚を約束した人がいて、私との契約結婚が終了したらその後で結婚しようとしてる......?
 あの契約結婚の申し出は、私が義母や美晴からの「食べろ食べろ攻撃」から逃れて環境を変える必要がある、と誠さんが思ってくれたからだ。そしてゆうきくんの世話を私に頼める、というメリット。
 だから誠さんが私に同情はしたかもしれないけれど、恋愛感情はないと思うのが妥当だろう。
 誠さんに恋人がいるのを私は責められない。契約だけの結婚、形だけの妻なのだから。
 だったらキスなんてしてほしくなかったな......。
 キスされると、もしかしたら誠さんも私を好き、と誤解してしまいそうになる。
 そんなこと、あるわけないのに。
 たしかに体重は減ったけれど、だから人の気持ちまで変えられるなんて思ってはいない。それは傲慢というものだ。
 誠さんは契約結婚なのに、私に優しい。経済的な面倒だってみてもらっている。
 そのことへの感謝を忘れない。それが大事なのだ。
 カフェからの帰り道、そんな事を考えた。

 ゆうやくんを何とか寝かしつけるのに成功した夜の二十一時頃、誠さんが仕事から帰ってきた。
 私はゆうきくんが夕飯を食べる時に野菜スープを食べていたので、誠さんの分だけ配膳をする。
 Tシャツにスウェットというラフな恰好に着替えた誠さんが「美味い」と言いながら私の作った料理を食べてくれる。
 昼間考えたことを思い出し、こんな誠さんを見れるのもあと一カ月しかないのだ、と改めて思う。
「今日、兄から連絡があったよ。もうすぐ帰国できそうって言うんだ。ニューヨークでの生活が整ったんだな。ゆうきを迎えに来るそうだ」
「え......」
 どきん、と胸の内がぎゅっとなる。
「ゆうきくんがいなくなったら寂しくなりますね」
 心の中の動揺をかくしながらなんとか返事をする。そうゆうきくんロスは大きい。
 でも今、私の心の中を占めているのは、誠さんといつまで暮らせるかということ。
 ゆうきくんがいなくなったら私達はお別れ......?
「ゆうきが悠矢と行った後のことなんだけど」
 ごくりと息をのむ。
「はい」
「俺は二十三日からシンガポールへ出張なんだ。四日間くらい。帰ってきたら、これからのことを話しあおう」
 話し合い......それが別れ話でもあるってことで......。
 気持ちがざわざわする。なにかいい方にポジティブに考えたいけどよぎるのは寂しいことばかり。
 ゆうきくんがいなくなって、誠さんとも別れる。 
 とりあえずはこの二か月でお給料を貯められたのはよかった。ワンルームのアパートくらいは借りれるだろう。
 少しでも現実的なことを考えて落ち着こうとする。
「今日の煮魚も美味いな。ほっとする味だ」
 誠さんにこんな風に優しく声をかけてもらえるのも、もう少しかもしれない。
 大事に心に刻んでおこう......。

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