ぽっちゃりでもいいですか ~私と御曹司のダイエット日記~
 明日は誠さんが帰ってくる。少し部屋の掃除をしようとソファから起き上がった。
 次の瞬間、青ざめた。
「な、何これ......」
 床じゅうにお菓子の空き箱や個包装の包み紙が転がっている。
 この二日、確かにキッチンには立たなかった。なんだか誠さんとユリさんのことがちらついて料理できなかったのだ。それで誠さんからのお菓子をたまに口にしていた。
 一日、一個くらいと思ってたけど...こんなに...?
 全く自覚がなかった。ああ、やっぱり美味しいなあ、お菓子ってと思ってはいたけどこんなにたくさん食べていたなんて。
 とにかくごみ袋にお菓子の包み紙や箱を入れていく。どうやら三箱は確実にカラにしたらしい。冷や汗が出てきた。
 私、この三日、体重計にも乗ってない......!
 真下さんからの言いつけで、体重計には毎朝乗っていた。この二か月、体重は微妙に増減はしたけれどちゃんと五キロ減らすことができたのに。

 こんなにお菓子食べたら、何もかも水の泡……。
 呆然として床の上に跪く。
 それから自分の部屋に行く。誠さんと特別な夜を過ごした日。あの日買ってもらったベージュの黒の水玉のワンピースをクローゼットから取り出す。
 ごくりと息を呑んでおそるおそる着る。
 前ボタンなので、一個ずつはめていく。
 恐れていた事態は起きた。
 ウエストのボタンがはまらない。

 あの日よりも、私、太ったんだ。
 一体何十グラム...いや、何キロ...。

 ぞっとして体重計に乗る事もできない。
 鏡を見ると顔に吹き出物ができているし、顔がむくんでいる気がする。

 明日、誠さんが帰ってくるのに。こんな姿、見せられない。

 あの夜、確かに誠さんは言ったのだ。
『芙美さんはそのままでも素敵だったけど、さらに自分でがんばって五キロ痩せただろう。なんていうのかな、まぶしくて......契約結婚でもこんな人が自分の奥さんだなんて人に自慢したいくらいだった』

 醜く太った私を見て、誠さんはどう思うだろう。
 いや、太っていた時から誠さんは好意的だったから体重の事でどうこうは言わないかもしれない。
 でも。私が太ったということは、自分で体重コントロールを放棄した、という事だ。
 あんなに十キロ痩せますと宣言していたのに。
 自分のだらしない気持ちに負けたことがあからさまになってしまう。
 
 誠さんは自分に厳しい。仕事でたくさんの案件を抱えていても愚痴ひとつこぼさない。
 そんな人が私のだらしなさを見たら。

 ......きっと軽蔑する。

 ただいま、と誠さんがドアを開けて帰ってきた瞬間、どんな顔をするだろう、と思ったら鳥肌が立ってしまった。

 気が付くと私は、着替えや下着をスーツケースに詰めこんでいた。

 テーブルに一枚、置手紙をする。
【 探さないでください 芙美 】
 リビングにあったお菓子の空き箱はごみ袋へ入れてごみ置き場へ持って行った。
 私は振り返らずに、マンションを後にした。

< 誠サイド >
「だから、どういうことなんすか。俺が骨折して仕事三か月休んでる間に、女子と一緒に住んでる、なんてあり得ないんですけど」
 秘書の百合岡が仕事が終わったら飲みに行きましょう、と言われた時から予想はついていた。きっとネチネチを俺と芙美さんのことを言うんだろうと。
 百合岡は何と言うか世話焼きタイプなのだ。まさに秘書になるべくして産まれてきた男というか。その点では助かるし、俺の行き届かないところをフォローしてくれるので感謝している。実際今回のシンガポール出張から復帰してるのだがやはり百合岡がいるといい展開になることが多い。
 問題なのはプライベートにまで首をつっこんでくるところだ。俺が恋愛に乗り気でないのを知っていたので、俺が社長にぴったりの女子を見つけますから、と以前から豪語していた。秘書としては一流だが女の趣味は明らかに俺とは違う。百合岡は女子アナウンサーのような頭もよくて会話も面白くて、可愛いくてスタイルもよくて、という女子を紹介してくる。
 俺はちっとも食指が動かず、のらりくらりと紹介された女子たちから逃げていた。
「で、社長が見つけてきた女子はどんな感じなんですか」
「まあそうだな。ふっくらしていて、家庭的で。一緒にいると落ち着くタイプだ」
「ふっくら?社長デブ専でしたっけ?」
 百合岡は眉間に皺を寄せて言う。かくいう百合岡も女子にモテるタイプだ。イケメンで長身、言い寄ってくる女子にこと欠かない。つきあうのはあからさまな美人ばかりだ。
「デブってほどじゃないよ。あくまでふっくらだ」
 そこが祖母に似ていてぐっとくる、というのは恥ずかしくて言えなかった。
「しかも俺と暮らすようになって五キロも痩せたんだ。びっくりした綺麗になって。そういう俺を驚かすような一面もあって。彼女はひどい家庭環境にいたから救ってあげたい気持ちが先だったが、一緒に暮らすようになって、ますます好きになった」
 言いながら俺も変わったな、と思う。臆面もなく好きな女について語れる自分がいたなんて大発見だ。
「はー、そんで、彼女にプロポーズするのにわざわざシンガポールのジュエリーショップで指輪を買ってサプライズしたいとか。どんだけマジ惚れなんすか」
「ユリも会ったらわかる。この子なら甥のゆうきも任せられると思った。そんな安心感をくれるタイプなんだ。そこもポイントが高かった」
「そのゆうき君のことなんすけどね」
 まだまだ難癖をつけたいらしい。
「社長業と開発事業部の面倒まで見てはっきりオーバーワークなんですよ。そういう人がどうして五歳児を預かろうとするんですか。正気の沙汰じゃない」
「いや、兄の悠矢もやってることだしな。俺にもできるだろうと踏んで…」
「できないっしょ。どうせオムライスが作れるからなんとかなる、と思ってたんでしょ。わかります?成長期の子どもに食べさせるんだから栄養面とか考えなきゃいけないんです」
「だからそれはベビーシッターにどうにかしてもらおうと思ってたんだよ。だが芙美さんと出会って保育士で家事もできるからこれは助かる、ってお願いしたら承諾してもらえたんだ」
「はあ。なんか本当に行き当たりばったりっすね......俺はスマイルオレンジの今後が心配になってきましたよ」
「そう言うなって。芙美さんの作る料理は素晴らしいんだ。見てくれ、これ動物園にゆうきと一緒に行ったときの行楽弁当だ。三段重なんだぞ」
 三段もある弁当箱に見た目も美しい料理がぎっしり詰まっている写真を見せた。さすがに百合岡も「ほう」と声をあげた。
「じゃあ、マジ、出張から帰ったらプロポーズするんですね」
「まあ、そのつもりだ」
 シンガポールに好きなジュエリーショップがあって結婚指輪も用意した。
 芙美さんが喜んでくれるといいのだが......。
 最近、芙美さんと電話していると、少し違和感があった。芙美さんは控え目なので、困ったことがあっても内に秘めてしまうところがある。実家の義母と義妹の仕打ちにしたってそうだ。
 俺にはなんでも言ってほしい......これからの課題はこういうことかもしれない。
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